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2020年4月15日

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李 智雄 (り・ちうん)

三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト

1976 年韓国生まれ。東京大学経済学部卒業、ボストン大学大学院修士課程修了。経済学博士。韓国陸軍士官学校陸軍中尉・専任講師、東京大学客員准教授、国際大学講師、ゴールドマンサックス東京・ソウルを経て、2014年から現職。著書に『故事成語で読み解く中国経済』(日経BP 社)。

  新型コロナウイルスの余波で、各国はサプライチェーンの再考を数段階で迫られることとなった。

 まず問題になったのは、中国における生産及び流通の停止である。中国では2月の春節の連休が延長されたことで、生産に必要な従業員が復帰しないため稼働率が大幅に低下するということが起こった。さらに物流の停止によりモノが動かない。その結果、日本で使う材料や部品が中国から届かずに生産ができなかった。いわば中国というサプライチェーンが分断されたことによる日本国内への影響である。

世界最大のコンテナターミナル上海港(ErickJB/gettyimages)

中国と日米欧の立場が逆転

 これから問題になるのは、その逆だ。76日ぶりに封鎖が解除された武漢市に象徴されるように、中国では新型コロナウイルスによる影響に落ち着きが見られ始めた。例えば、中国工業和信息化部による3月30日の報告によれば自動車工場の再稼働率は97%まで回復しているとのことだ。一方で米国や欧州各国はまだ落ち着きを見せていない。日本は4月7日、7都府県に対して「緊急事態宣言」が出されたばかりだ。

 すでに2月末時点ですでに筆者に聞こえていた、日本の製造業企業の指摘は興味深い。中国が生産再開を本格化したため、グローバルサプライチェーンで繋がっている日本企業が生産停止になると困る、という話だった。つまり、日米欧で生産が止まることで、グローバルなサプライチェーンで繋がっている中国の生産が止まることが心配されるに至っている。

 2011年の東日本大震災でも鮮明にわかったことであるが、今回再度世界が実感したのは、グローバルな生産構造を含めた経済活動が互いに、いや、その中でも特に中国と密接に繋がっているという事実である。

 日本企業が日本以外の国へと生産拠点を移動する理由は様々だ。海外対国内売り上げ比率、調達・輸入コスト、生産コスト、事務手続き、税制などがある。その中でもっとも重要なのは幅広い意味での経済合理性だろう。海外への生産拠点を高めてきたことで、企業の利益率にプラスの影響があったからこそ移転は進んできたと考えられる。だが今回の件を受けて、逆に海外生産依存度の高さは、国内自給率の低さ、という点で裏目に出ることになった。

疑問視されてきた中国の地位

 特に切実だったのはマスクに代表される医療関連用品である。一般社団法人日本衛生材料工業連合会によれば、マスクの国内生産量は11.1億枚(2018年度、以下同)であるのに対し、輸入数量は44.3億枚であった。急に増産を行おうと思っても、国内にその設備はない。

 そこで、日本政府は4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」において、国内回帰や多元化を通じた強固なサプライチェーンの構築を支援することを決定している。内閣府の資料(「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」について)によれば「一国依存度が高い製品・部素材について生産拠点の国内回帰等を補助する(中小企業への補助率3分の2、大企業は2分の1等)」と同時に、「マスクやアルコール消毒液、防護服、人工呼吸器、人工肺等国民が健康な生活を営む上で重要な製品等の国内への生産拠点等整備の補助率を引き上げる(中小企業への補助率4分の3、大企業は3分の2)」とのことだ。

 「一国依存度」とあって、中国と特定しているわけではないが、「我が国に供給する製品・部素材で、一国依存度が高いものについて、ASEAN諸国等への生産設備の多元化を支援する(中小企業への補助率3分の2、大企業は2分の1等)」とあることから、「ASEAN諸国等」以外で日本企業の製造拠点が中国であることは疑いの余地はない。

 同資料にあるように、「我が国のサプライチェーンの脆弱性が顕在化したことを踏まえ」、日本は中国依存からの脱却を進めようとしている。しかし今回の「中小企業への補助率3分の2、大企業は2分の1等」という大きな国内回帰等の補助によって、国内への生産回帰は進むのだろうか。医療関連に至っては「中小企業への補助率4分の3、大企業は3分の2」とさらに巨額である。

 中国からの生産拠点の移動が一部生じることは間違いなさそうだ。これまでも、中国からの生産拠点の撤退は何度も話題になってきた。2010年前後の中国国内における過剰労働力の枯渇による賃金の上昇(いわゆる「ルイスの転換点(期間)」の議論に加え、2015年前後の環境規制強化、2018年以降の米中関税引き上げなど、その度に安価な「世界の工場」としての中国の地位は疑問視されてきた。

 その結果、実際に日本企業の海外現地法人数のうち、中国の占める割合は2012年度の33.0%をピークに2017年度まで5年連続で低下している(経済産業省、海外事業活動基本調査)。一方で今回の「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」においても明記されたASEAN、とくにASEAN10の比率は拡大している。

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