パンデミックが宣言され、世界中で日に日に感染者数が増える新型コロナ・ウイルス(COVID-19)。米CDCに客員研究員として在籍した経験があり、人類と感染症の闘いの歴史にも詳しい加藤茂孝・元国立感染症研究所室長に、COVID-19の脅威の評価と、今後の対応について聞いた。
編集部(以下、――) 新型コロナ・ウイルスではパンデミックが宣言され、世界全体の死者数は鳥インフルエンザや新型インフルエンザの時の死者数を上回った。その脅威をどう評価しているか。
加藤茂孝氏(以下、加藤) 現状(3月27日)、COVID-19の致死率は4.5%前後だ。これまで発見されていたコロナ・ウイルスによる感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)の9.6%やMERS(中東呼吸器症候群)の約35%と比べ低く、人類の歴史上とりたてて危険な感染症とは思わない。
ただ、感染症を「制圧」するには、症状の出やすい感染症のほうが感染した人の把握などが行いやすく、治療対象が明らかである。これに対して、COVID-19は症状のない、または軽い感染者が多いため、対応することが極めて難しい。実際、世界は当初、東アジアでこの流行が終息すると思っていた。それが欧米に移り、今では米国から南米に飛び火しており、終息の先が見えない。
―― COVID-19は今後、第一次世界大戦中に流行したスペイン・インフルエンザ(スペインかぜ)のような感染者数、死者数をもたらすのか。
加藤 スペインかぜは、世界的な患者数が世界人口の25~30%(WHO)に達したといわれ、致死率(感染して病気になった場合に死亡する確率)は2.5%以上、最大の推計値で世界で5000万人、日本だけで48万人亡くなったといわれている。そこまでの死者が出るとは思わない。
―― なぜ世界中に感染が広がったのか。
加藤 感染症対策は「早期発見、早期情報発信、早期対策・治療」に尽きる。しかし中国政府は、2019年12月の時点で見つけていたにもかかわらず、「早期情報発信」を行わなかった。SARSが流行したときも、中国は2002年11月の時点で、広東省において非定型肺炎の存在を認識した。にもかかわらず、WHO(世界保健機関)や米CDC(Centers for Disease Control and Prevention、疾病対策センター)の調査を受け入れず、世界的な流行を招き、非難を浴びた。
その後、中国はその反省を生かして、2009年の新型インフルエンザではすぐに情報発信をして評価されたが、今回も初期にはSARSの時と同じ失敗を繰り返してしまった。中国の専門家チームのトップを務める鍾南山医師も「武漢の封鎖がもっと早くできたら感染者数ももっと少なくなっていただろう」と語っている。
―― COVID-19の終息はいつになるのか。
加藤 そもそも、COVID-19が見つかったとき、感染について2つのシナリオを想定した。1つは、SARSと同じように地域限定で流行し、半年で制圧、それ以降17年間まったく患者が出なくなるシナリオ。もう1つは、世界に感染が広がり、今後は症状の少しひどい「風邪ウイルス」の一つとして定着するシナリオだ。もはや前者のシナリオはありえない。今後各地域で感染の拡大を防いでも、また人の移動が解禁されたときに、他の地域からウイルスを「再輸入」する可能性もある。そうなれば、終息するのはワクチン、抗ウイルス薬または血清療法の開発が行われたときだろう。それには最短で1年~2年はかかりそうである
―― なぜロックダウン(都市封鎖)のような感染症対策が必要なのか?
加藤 感染をその地域で抑え込むには都市封鎖が必要なこともある。ただ、感染症の拡大リスクと都市封鎖などによっておこる経済リスクを慎重に比べる必要がある。
―― なぜ各国政府は都市封鎖といった大胆な対策を行っているのか?
加藤 感染症は人の移動によって広がるので、人の移動を制限することは14世紀のペスト以来感染症対策の基本であった。しかし、今回のCOVID-19の大きな特徴として、人々の「不安感」がとても高まっており、それに各国の政権が引っ張られていることが今までにはなかった特徴だ。不安感が高まる理由にはまず、COVID-19の感染者には無症状者、または軽症者が多く、症状だけで判断できないことがある。
その点が、エボラ出血熱やSARSやMERSと違う。目に見えない感染者の存在が人々の不安感を増している。加えて、人々がSNSやマスメディアの時には科学的根拠のないインフォデミック(情報感染症)にさらされていることも不安感を高めた理由だ。こうした要素が加わり、致死率だけでは説明できない心理的パニックをCOVID-19が引き起こしている。
まさに「21世紀型の新たな感染症」と言えるだろう。その不安感に呼応して、各国の政権は経済的リスクを考えず、感染症リスクを優先した対策を実行している。イベントの中止や一斉休校など社会活動の大きな制限も必要なこともある。手洗いの徹底や、飛沫感染の防止など、感染を抑える努力を最大限するのも当然だ。
しかし、そのバランスが極端に振れると感染拡大防止にはプラスだが、経済活動などの社会活動に支障が出て、結果的に人間社会にとってマイナスの方が大きくなることが起こりうる。きわめて難しい判断を必要とするが、社会生活をまわさなければ、持続可能な感染症対策とは言えないだろう。新興感染症は人類と共にあり、今後とも絶えることはない。この1回のCOVID-19さえ乗り切れば、それで終わりではなく、最低限の生活を持続させながら、感染症の制圧を考えていかなければいけない時代になってきた。
―― 人々の不安感が高まり続けると、どのようなリスクを生むか。
加藤 不安感が高まると、ペスト流行時の欧州のような混乱が起きるかもしれない。感染の原因になった人や事象を探し出し、それを攻撃するようなことが起こりうる。物資の欠損が起きたり、欠損の可能性のデマなどが流れるたりすると買い占めや独占などが起こりうる。医療機関や政府への不信感もめばえかねない。