「新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)は、旅館の原点を見つめる良い機会だと思うようにしています」
京都で190年続く「綿善旅館」の若おかみ、小野雅世さんはそう語る。もちろん新型コロナに伴う経済活動の「停止」は旅館・宿泊業に取って大打撃であることは間違いない。綿善の売上高も4月は前年同月比98%減。ゴールデンウイークに休業せざるを得なかった5月はさらに打撃が大きい。
耐えて新型コロナの終息を待つほか手立てはない。だが、ここ数年、超繁忙が続き、立ち止まって事業を見直すことができなかったことを考えると、「変わるチャンス」に恵まれたと前向きに考えている。
というのもここ数年、「どうしたら日本一の旅館にできるか」ということを考え続けてきたからだ。考えた末に、客も従業員も、取引先も、そして地域社会も全てハッピーになれる、いわゆる「四方よし」を実現することを「日本一」だと定義した。そして行動を始めつつあった。
大学卒業後、三井住友銀行に3年半勤めた後、実家の綿善にアルバイトとして戻った時、「お客様を喜ばそうという雰囲気が従業員の間にないことに愕然(がくぜん)とした」と振り返る。ある日、古手の従業員に「綿善を日本一の旅館にしたい」と真顔で話したところ、「お腹(なか)を抱えて笑われた」と言う。これをきっかけに雅世さんは本気になる。
「日本一」に向けて、すべてのスタートは人材である。優秀な人材を育てなければ成長はない。そこで掲げたのが、「従業員の年収を1000万円にする」という目標だった。その実現のためには付加価値を高め、生産性を引き上げていくことがカギを握る。端的に言えば、きちんとした単価をもらうことだが、そのためには、相応しいサービスを提供する人材が不可欠だ。
従業員によって異なっていた仕事の進め方を統一化したり、人事考課制度を導入したりして改革を進めた。