新人合同研修の開催
だが、1つの旅館だけで人材育成をしても限界がある。実は、京都の旅館・ホテル業の離職率は非常に高い。少しでも待遇の良いところに移ったり、引き抜かれたりする。慣れたと思ったら辞められる旅館側はもとより、渡り歩くことで待遇が安定しない働き手にとっても決してよいことではない。
そこで雅世さんは、京都の旅館・ホテルで合同の新人研修を行ってはどうかと思いつく。すぐに同業の女将(おかみ)や経営者に電話をかけまくった。
2019年7月11日、13の旅館・ホテルから53人が集まった、「新人合同研修」が実現した。1施設4人まで5万円の参加費を集め、綿善の大広間で実現した。単体では申し込みを躊躇(ちゅうちょ)するようなハイレベルな研修を外部に委託した。自分の旅館だけでなく、業界全体、地域全体を底上げすることが大事だ、というわけだ。
加えて、参加者に「同じ京都の旅館・ホテルの同期」という意識を持ってもらうことで横の連携を高めたいという思いもあった。
今年は京都市の支援を得てさらに規模を大きくして観光業全体に向けた新人合同研修を行う予定だったが、新型コロナの蔓延で延期になっている。
「宿弁」で地域にも貢献
新型コロナで旅行客が激減する中でも、「四方よし」の実行に取り組んだ。まずは「旅館の宿弁」。旅館の板前さんが作るお弁当をフロントで販売した。「宿弁」800円、「和牛すき焼き」1000円、「ミルフィーユ寿司」1000円といった具合だ。出汁巻き(800円)や鰻巻き(1200円)など旅館ならではの一品も販売する。「お弁当いかがですか」と夫の重見匡昭さんが玄関前に出て道ゆく人たちに声をかける。
「収入は微々たるものですが、板前の仕事ができ、取引先にもわずかでも発注できます。そして何より、地域の方々のお役に立てます」
子供向けに「パンダ弁当」(600円)も作り、パンダの着ぐるみを来て売り歩くこともした。地域の人たちに少しでも喜んでもらいたい、という一心からだ。
「うちは修学旅行生が多いので、近隣に少なからずご迷惑をかけていると思ってきたので、その御礼の形もあります」
学校が突然休校になった3月には、「旅館で寺子屋」というプロジェクトを発案した。「学校が休みになって困っているお母さんがいるに違いない」と感じてすぐに実行に移した。綿善旅館の大広間を使って、小中学生を朝9時から夕方5時まで預かり、自習だけでなく、オンラインでの学習や、「旅館探検」などのイベントを提供した。お昼は板前さんが作るお弁当だ。参加費は保険料と昼食代の800円だけという格安プランだ。