ビストルチル上院議長らチェコ代表団が8月30日から6日間、台湾を訪問した。ビストルチル議長は、チェコで大統領に次ぐ同国2位の政治家。最近、台湾を訪問した外国政治家では最高クラスとなるだけでなく、国会議員や企業関係者ら約90人が同行する空前の規模となった。台湾へ留学経験があり「台湾ファン」を公言するプラハのフジブ市長も加わり、北京と断絶後、代わりに姉妹都市となった台北市を訪ねた。中国外務省は、「深刻な主権侵害だ」などと強く反発した。
チェコ代表団の台湾訪問の背景には、チェコで急速に高まる反中感情と、台湾の民主的で自由な政治体制に対する深い共感がある。チェコは、1989年のビロード革命で、チェコスロバキアの共産党政権を打倒し、独裁政治を転換した歴史を持つ。議長は、8月31日、台湾の名門、政治大学で講演し、台湾の民主化運動の歴史に触れ「台湾とチェコの最も重要な共通点は、自由と民主主義の国ということだ」と述べた。議長は訪台前もメディアに「台湾は、事実上独立した自由の国だ」と、踏み込んだ発言をして中国を怒らせている。
上院議長の台湾訪問には、欧州連合(EU)からも支援の動きが出ている。ドイツ「緑の党」のラインハルト・ビューティコファー欧州議会議員は、ギリシャの議員らとともに、EU駐在の中国大使に書簡を送り、上院議長の台湾訪問に干渉しないよう求めた。ポンペオ米国務長官もツイッターで議長の訪台にエールを贈った。
中国の王毅外相が、上院議長の訪台に反発、「重い代価を支払わせる」として報復を示唆したことに対しては、強い反発が出ている。EU議長国を務めるドイツのマース外相は、「脅しは不適切だ」と批判。チェコの友邦、スロバキアのチャプトヴァー大統領は「EU加盟国へ脅しは受け入れられない」と語り、欧州の元首級の政治家では初めて中国を批判した。
中国はもともと、シルクロード経済圏構想「一帯一路」で、欧州における協力国としてチェコとの関係強化を極めて重視しており、同国のゼマン大統領も大の親中派として知られる。ただ、2018年に、新興エネルギー企業の中国華信能源(CEFC)がチェコで約束していた巨大投資事業を突然中断したころから、チェコの親中感情に陰りが出始めた。2月の台湾訪問を計画していたクベラ前上院議長が、今年1月20日急死した後、対中感情の悪化は決定的となった。
クベラ前議長の夫人は、クベラ前議長が急死直前、中国大使から、台湾行きの断念を強く迫る書簡を受け取っていたと暴露し、チェコ社会に衝撃を与えた。クベラ議長は中国側から、台湾を訪問すれば自動車メーカー、シュコダや、ピアノのペトロフなどチェコを代表する企業が「中国で歓迎されなくなるだろう」との脅しを受けた。
チェコの政界にも「内政干渉だ」との反発が広がり、3月には首相や外相、上下両院議長らが連名で、中国大使の書簡を批判する声明を発表。大統領に追随して一貫して親中だったバビシュ首相も「絶対に受け入れられない」と反発。ビストルチル上院議長は、中国大使の帰任を求めた。チェコ上院は5月、50対1の圧倒的賛成多数で上院議長の訪台を可決した。
一方でゼマン大統領は6日に地元テレビ局のインタビューに応じ、ビストルチル上院議長の訪台を「幼稚な挑発」と批判。「これからは国のハイレベルの外交政策会議には上院議長を出席させない」と語った上、チェコ企業に損害を与えることへの懸念を示した。バビシュ首相も、米CNNの取材に、上院議長の行動が「政治とビジネスを混同している」と経済への影響に憂慮を示すなど、チェコの指導部も一枚岩ではない。
台湾は、上院議長の訪台を喜び全力で歓迎。外相自ら空港で一行を出迎えたほか、蔡英文総統は「チェコと台湾の友好に傑出した功績を挙げた」として、上院議長に勲章を授与した。議長は1日、立法院(議会)で演説し、自由と民主主義の大切さを説いた後、ケネディ元大統領が1963年、ドイツ語で「私はベルリン市民である」と演説した故事をまね、中国語で「私は台湾人である」の言葉でしめくくり、満場の喝さいを浴びた。ケネディ大統領の言葉は、当時、共産主義の圧迫に抵抗していた西ベルリン市民への連帯を示すもの。上院議長も、中国共産党の圧力にあらがう台湾への声援だった。
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