世界の記述

2020年7月15日

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井上雄介 (いのうえ・ゆうすけ)

台湾ライター

1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。天津南開大学へ留学経験あり。共同通信記者、時事通信上海支局勤務、衆院議員政策秘書などを経て現在に至る。

7月1日、台北市内に開設された「台湾香港サービス交流事務所」(ロイター/アフロ)

 中国が「香港国家安全維持法」(以下、香港国家安全法)の導入を決め、「一国二制度」が形骸化する懸念が高まる中、台湾へ移住する香港人が増えている。中でも今後、政治的迫害を理由とした難民の流入は確実だ。新型コロナウイルス感染防止対策のため、台湾当局が香港からの入国を規制する前の時点で、台湾に逃げ込んだ香港の反政府デモの参加者は200人を超えていた。

 台湾の蔡英文政権も、難民を保護する考えをたびたび表明しているが、本音では敬遠しているふしがある。香港民主派の過激派が流入することよる治安悪化を心配しているほか、必要以上に中国を刺激したくないようだ。

 中国の全国人民代表大会(全人代、中国の国会に相当)が5月末、香港国家安全法の制定を議決し、香港の反政府デモが激化した際、意外なことに蔡総統は、情勢が悪化すれば、「香港・マカオ関係条例」を停止すると発表した。この条例は、香港人を中国本土の住民と区別し、台湾へのビザなし渡航や滞在を認めるものだ。

 条例停止の発言は、英米と同様、「一国二制度」が崩壊すれば香港の特別待遇をやめ、中国本土と同等に扱うという意味だが、蔡総統はそれまで「香港人民を支援する」と繰り返していたため、香港のデモ参加者を心底がっかりさせた。また、台湾でも、蔡氏が総統選で大勝したのは、「香港反中デモ」のおかげなのに、恩に仇で報いる行いだとして批判の声が出た。

 香港の反政府派と台湾の市民団体は、6月半ばに共同で記者会見し、蔡総統に対し「香港人の側に立つとの約束を守ってほしい」と呼びかけた。香港の反政府派と、台湾の支持者の目には、蔡英文政権が「香港支持」を叫ぶ割には、実際の行動が乏しいと映り始めている。

 世論の反発を受け、台湾政府で対中国政策を所管する行政院大陸委員会は「香港人道支援プロジェクト」を始動し、台北市内に7月1日、「台湾香港サービス交流事務所」を開設した。香港人の台湾での就学や就職、投資・起業などを支援するほか、香港の反政府デモ参加者を保護するとしている。業務内容はメディアに非公開で、相談は事前予約制だ。

台湾に破壊活動が持ち込まれることを懸念する声も

 しかし、事前の宣伝と裏腹に、今のところ同事務所の活動は低調なようだ。そもそも現在の台湾には「難民法」がなく、保護制度も整備されていない。同オフィスが与えられる支援も限られ、台湾に逃れた香港の若者も、生活の補助などは期待していないようだ。国民党や民衆党など野党や市民団体から、同条例の改正や、新たな立法を求める声が挙がっているが、政府が立法を急ぐ気配はない。

 台湾中央通信社の元董事長の陳国祥氏は、香港誌・亜州週刊に寄稿し「台湾人の多くは、香港とひとくくりにされて、中国と衝突するのはまっぴらと考えている」と指摘した。香港国家安全法は、海外勢力が香港問題に干渉すれば取り締まると定めている。台湾が香港の難民を保護すれば、中国に攻撃材料を与えてしまう。また、陳氏によれば、香港デモ参加者には過激派も多く、台湾に破壊活動が持ち込まれることを懸念する声も少なくない。

 蔡政権も、香港の難民受け入れに警戒する世論を無視できない。陳氏によれば、蔡政権は香港民主派を全力で支持するよりも、投資移民やビジネスの移転といった「漁夫の利」を歓迎する可能性がある。

  
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