また国民の大多数を占めるシーア派では、被抑圧民の救済に重きを置く。アシュラと呼ばれる宗教儀礼においても、7世紀ごろ、シーア派のイマーム(指導者)、フサインの一行がウマイヤ朝の大軍に蹂躙され殉教したことを哀悼しており、抑圧に対して抵抗する姿が国民共通の心象風景としてある。
米国の経済制裁により政策変更を促す「アメとムチ」戦略では、イランを懐柔することはできず、また体制を転換させることもできないだろう。
米イラン対話の見通しを曇らす
「強硬派大統領」選出シナリオ
もっとも宗教的使命を大義としつつも、全ての対外政策がこれに基づき決定されるわけではなく、実利も重要な役割を果たす。その意味で、両国が歩み寄れる妥協点はあるはずだ。
例えば、今年9月7日にスイス外相と会談したロウハニ大統領は、米国が過ちを反省し、核合意に基づき制裁を緩和すれば対話する用意がある、と述べている。これは、イランが中立国スイスを介し、次期大統領に向けて送ったシグナルだろう。国際協調路線を打ち出したことで当選したロウハニ氏としては、イラン国内向けには「米国に跪いた」と見られることを避け、同時に任期満了まで制裁解除につながる核合意復帰を模索することになる。
ただ留意すべきは、米大統領選のおよそ7カ月後に、イランでも大統領選が控えている点だ。つまり、米・イラン関係の改善を考えた場合には、両国の大統領選の間にある「限られた機会の窓」によって、今後のあり得るシナリオは複数に枝分かれする。
米国による激烈な軍事・経済的圧力が加えられる中、イランの次期大統領に穏健派の人物が得られる保証はない。むしろ、米国との対立が先鋭化する中で、イラン独自の外交を貫くべしと主張する強硬派の人物が選出される公算が高い。イランでは、これまで大統領(任期4年間)が8年周期で穏健派と強硬派で交互に変わる傾向があり、次は強硬派の時期に当たる。
また、イランの選挙制度では、立候補者は監督者評議会(12人からなり、6人を最高指導者ハメネイ師が任命)での資格審査を経る必要があり、ハメネイ師が選挙の行方を握っている。つまり、バイデン氏が勝利したとしても、いかにイラン次期大統領と互いに妥協できるかが最大の焦点となり、今後を過度に楽観視することはできない。
次期米国大統領がトランプ氏であれバイデン氏であれ、イランとしては体制の存続を図ることができるよう使える梃子(てこ)を既に拡充させている。①核合意、②ホルムズ海峡封鎖、③地域における対外政策、の3つである。
イランは、核合意で定められるウラン濃縮制限を段階的に履行停止するなどしながらも、核合意を存続させてきた。これは核合意が交渉材料として利用価値があるためである。