イランは1月4日、フォルドゥの核施設でウラン濃縮度を20%にまで高める作業に着手したと発表した。核爆弾製造を容易にする濃縮度であり、重大な一線を越えたことを意味する。米国は「核による恐喝」と非難、イスラエルも「核兵器製造は容認しない」と強く反発し、再び緊張が高まった。イランの決定の背景には、バイデン米新政権に対し、交渉カードをつり上げる思惑がある。
縮まるブレークアウト・タイム
今回のイランの決定は、イラン国会が昨年12月に可決した「濃縮活動強化法案」に基づくものだ。この法案はロウハニ政権に対し、2月までに経済制裁が解除されなかった場合、ウラン濃縮度を20%まで高めることを義務付ける内容だ。同時に、国際原子力機関(IAEA)の査察拒否も盛り込んでいる。
「ウラン濃縮度を20%に高める」ことが意味するところは深刻だ。現在イランが保有しているのは濃縮度4.5%程度の低濃縮ウラン。保有量は核合意で定められた限度をはるかに超える2.4トンに達している。これは核爆弾2個を製造する量に相当する。しかし、こうした低濃縮ウランでは核爆弾を製造することはできない。製造するには濃縮度90%以上の高濃縮ウランが必要だ。
だが、濃縮度20%からは90%の高濃縮ウランを製造することは比較的容易だとされている。核合意では、イランが核爆弾製造を決意したとしても、「1年はかかる」という想定で濃縮度が低く抑えられた設計となっているが、濃縮度20%だと、核爆弾製造までの「ブレークアウト・タイム」は「半年以内」(専門家)にまで大幅に短縮される。そうなれば、米国やイスラエルにとって、核開発を止めるには、成功の保証がない軍事攻撃以外に選択肢がなくなってしまう。
実際問題としては、核爆弾を弾道ミサイルに搭載できなければ、脅威は半減するが、イスラエルやペルシャ湾対岸のサウジアラビアなどの心理的な圧迫感は著しく増大するだろう。核爆弾を小型化してミサイルの弾頭に搭載する技術は相当困難だが、北朝鮮の例のように不可能なものではなく、米国とイスラエルの焦燥感は深まる一方だ。
しかし、中東の軍事、情報筋の間では、イランがウラン濃縮度を20%に高める作業に着手した狙いについて、実際に核爆弾の製造を目的とするものではなく、バイデン政権の核合意復帰に向けて、「イラン側の交渉カードの価値をつり上げるため」(ベイルート筋)とする見方が強い。イランが合意順守に戻るためのハードルを上げ、それを取引材料として制裁解除を勝ち取るという戦略だ。
イラン政府スポークスマンが発表に際し、「2、3分前に」濃縮作業を開始したとざわざわ言及したのも、メッセージ性を強めるためだったと見られる。イランのアラグチ外務次官は4日、ウラン濃縮度を引き下げることは容易だと指摘しながら、米国の制裁解除を条件にイランも合意を守るという立場を強調し、バイデン政権への期待を表明した。
弾道ミサイル規制が大きな焦点に
イランのこうした思惑に対し、バイデン政権はどう対応しようとしているのか。新政権の国家安全保障担当の大統領補佐官となるジェイク・サリバン氏は3日、CNNの報道番組の中で、米国の核合意復帰には直接言及しないまま、イランが合意順守に戻り次第、ミサイル能力に関する協議を始めると言明した。
同氏はさらに、イランとの「広範な交渉」を通して、イランの弾道ミサイル技術を最終的に抑制することが可能になると指摘、「これこそ新政権が追求しようとしていることだ」と述べた。核合意には弾道ミサイルの開発や実験の制限などは盛り込まれておらず、別の規制の枠組みが必要となる。
同氏の発言で明白になったことは、バイデン政権が米国の核合意への復帰にイランの弾道ミサイル規制を絡ませてくることが濃厚である点だ。イランが望むように、バイデン政権が無条件で核合意に復帰し、制裁を解除するという筋書きはあり得そうにない。イラン側は核合意の際、弾道ミサイル規制を盛り込むことに強く抵抗した経緯があり、バイデン政権との交渉は厳しいものになるのは確実だ。