中東を読み解く

2020年11月29日

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 イランの国営メディアによると、同国の核開発計画で中心的な役割を担ってきた著名な科学者モフセン・ファクリザデ氏が11月27日、暗殺された。米ニューヨーク・タイムズは当局者の発言として「イスラエルの介在」を伝えており、情報機関モサドの関与説が出ている。トランプ米大統領の退場前に強行した作戦だった可能性が強い。イランの報復説が飛び交い、中東は緊張している。

ファクリザデ氏の殺害現場(REUTERS/AFLO)

2人の国家的英雄の死

 事件はテヘラン東方約60キロの町アサードの3車線道路で起きた。ファクリザデ氏の乗った車が別の車に乗った5、6人から銃撃され、直後に近くに止めてあった「ニッサン」トラックが爆発した。同氏はヘリで病院に運ばれたが、死亡が確認された。ボディーガードも負傷した。犯行のもようから、周到に準備された組織的な暗殺作戦だった。

 イランのザリフ外相は宿敵イスラエルの関与を示す「重大な形跡」があるとしてモサドの作戦だったことを示唆、バゲリ軍参謀総長は「必ず暗殺者を追い詰め、報復する」と言明した。イランが今回の暗殺に衝撃を受けているのは1年もたたないうちに「国家的英雄」2人を暗殺で失うことになったからだ。

 2人はファクリザデ氏と革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官だ。同司令官は1月3日イラクで、米ドローン攻撃により暗殺された。2人とも軍人と科学者という立場は異なるが、米国やイスラエルと一歩も引かずに渡り合う誇り高きペルシャ人として国民の人気を集めていた。

 ファクリザデ氏は長い間、モサドや米中央情報局(CIA)などにとって、暗殺の標的ナンバー・ワンとして知られてきた。しかし、同氏の経歴などについては謎に包まれた部分が多い。イスラエルや米メディアによると、同氏はイラン革命の直後に革命防衛隊に入り、その後核開発の道に転じた。国際原子力機関(IAEA)が同国の核開発の実態を調査するため同氏との面談を申し込んでも、イラン側は同氏がテヘランのイマーム・フセイン大学で教鞭を執っているとして事実上拒否してきた。CIAは2007年、教授という肩書は隠れ蓑と断定している。

 イランは公式には2003年、核開発を放棄したと発表したが、その裏では、ファクリザデ氏が中心になって開発を継続してきたとの見方が強い。イスラエルは同氏が弾道ミサイルに搭載するための核弾頭の小型化に取り組んできたとの疑いを持っており、ネタニヤフ同国首相は同氏が1998年以来、核開発計画のリーダーとして留まり、最近ではイラン国防省内に設けられた秘密組織内で活動を続けている、と主張していた。

 これまでに報じられたところによると、モサドは2010年から同12年まで、イランの核科学者4人を爆弾などで暗殺した。イランでは7月、核開発の中枢である中部ナタンズの核施設が爆破されたのをはじめ、全国で発電所などに対する放火事件が相次いだ。8月には同国内に潜伏していた国際テロ組織アルカイダのナンバー2の暗殺事件も発生。筆者はモサドの破壊工作が活発化しているとして11月18日付『核合意への復帰阻止が狙い、イラン攻撃案でトランプ氏』の中で「不穏な空気が漂っている」と書いたばかりだった。

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