バイデン氏への不信感を象徴
今回の暗殺事件がモサドによる作戦であるとすれば、今なぜ強行する必要があったのだろうか。その理由は大きく言って2つある。1つはイランの低濃縮ウラン貯蔵量が現在、イラン核合意で定められた上限を大幅に超えているという危機感がイスラエルにあるからだ。
合意で決められた貯蔵量の上限は300キロだが、IAEAによると、今はその8倍、2.4トン以上に達している。これは核爆弾2個分に相当する貯蔵量だ。イランは最高指導者のハメネイ師が核兵器を製造しないと明言しているが、仮に爆弾を製造する気になれば、4、5カ月で完成させることができると見られている。今月には濃縮に使う最新型の遠心分離機の稼働も発表している。
もう1つは米国でトランプ政権が退場し、バイデン新政権が誕生することが決定的になったためだろう。バイデン次期大統領は条件付きながら、イラン核合意への復帰に前向きだ。イスラエルとしては、米国が復帰する前にイランの核開発の中心人物を抹殺し、禍根を絶っておきたいという狙いがあったのではないか。トランプ氏の在任中であれば、作戦を実行しても米国からの支持を得られるとの思惑がある。裏を返せば、バイデン氏に対する不信感を象徴する作戦だったとも言える。
ベイルートの消息筋は「イスラエルによる今回の作戦はトランプ政権との事実上の“共同作戦”だったのではないか」と指摘、トランプ氏が事前に知らされていたばかりか、積極的に関与していたのではないかとの見方を示している。ポンペオ国務長官が最近、イスラエルに3日間も滞在した際、イランの核開発についてイスラエル側と突っ込んだやり取りをしたのは確実で、暗殺作戦を全く知らなかったというのはむしろ合理的ではないだろう。
トランプ氏自身、11月12日のホワイトハウスでの安全保障チームによる会議で、イランの核施設を攻撃する具体的選択肢を提示するよう要求するなど、イランに対して最後の一撃を加えたい思惑があったのは明らかだ。この背景には自分が政権を去った後、バイデン政権とイランとの関係改善を邪魔したいという考えもあったかもしれない。
問題はイランが報復に出るのかどうかだ。イランの対米戦略はここ半年、トランプ氏の退場をじっと待ち、少々の挑発には乗らないというものだった。ソレイマニ司令官暗殺の場合、米国が殺害を正式に発表したため、報復せざるを得なかったし、実際に弾道ミサイルをイラクの米軍基地に撃ち込んだ。
しかし、今回の場合、公式には誰が実行したのかは不明である。今後、イスラエルや米国が暗殺を認めるような展開にもなるまい。つまりはイラン側にも表面上、誰に報復すればいいのか分からず、「報復しない理由」がある。国民にもなんとか説明が付くことを考えると、直接的な軍事行動は控え、トランプ氏の退場をじっと待つという選択肢を採用する可能性が高いのではないか。
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