中東を読み解く

2020年10月30日

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 フランスの保養地ニースのノートルダム教会で10月29日に起きた「イスラム過激派によるテロ」(マクロン大統領)は2016年に同地で発生した86人殺害のテロの悪夢を思い起こさせ、過激派の残虐性をあらためて印象付けた。事件の背景には、欧州とイスラム世界の間にイスラムの預言者を風刺することが「表現の自由なのか」「宗教への冒涜なのか」という根源的な対立がある。

(REUTERS/AFLO)

ムハンマド風刺画の再掲が発端

 今回のテロがコロナ禍に喘ぐ国民を震撼させたのは犠牲者3人のうちの1人、60代女性の首がほとんど切断されており、2週間弱前に起きた中学校教員に対するテロ事件と同じ殺害のやり方だったからだ。過激派組織「イスラム国」(IS)が絶頂期だった当時、彼らは捕まえた人質の首を切断する処刑を繰り返し、それがISの象徴的な行為だったことは記憶に新しい。

 フランスでこのところ、テロが続発しているのは9月初め、風刺週刊紙シャルリエブドがイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を再掲載したことが要因だ。同紙は2015年、この風刺画を掲載し、これがムハンマドを冒瀆するものとして、国際テロ組織アルカイダの信奉者の襲撃を受け、編集者ら12人が殺害された。

 再掲載したのはこの12人殺害テロの裁判がようやく開始されたことに合わせたためだが、その直後、風刺画を表現の自由に関する授業に使ったパリ近郊の中学校教員が首を切断されて殺害される事件が発生した。フランスでは風刺は伝統文化だ。キリスト教の権威を批判する際にも風刺画が自由に使われてきた歴史がある。マクロン大統領が「宗教を冒瀆する権利」を擁護するのもそうした事情があるからだ。

 しかし、イスラム教では預言者を侮辱することは絶対にあってはならない戒律であり、預言者や聖典コーランなどを軽んじる欧米社会の言動にたびたび反発が起きてきた。また預言者を描写することはイスラムで厳格に禁じられている偶像崇拝につながりかねず、この意味からも風刺画はイスラム世界では認められない。

 アルカイダの指導者だったオサマ・ビンラディンはかつて「表現の自由に規制を設けなければ、(西側世界は)われわれの行動の自由に直面することになるだろう」と発言しており、これが「預言者への冒涜にはテロで対抗する」という意味に受け取られてきた。ニースの事件後、オンライン上ではISなどが支持者らにイスラム諸国にある仏企業への攻撃を呼び掛けている。

 だが、フランスなど欧米の大勢は「表現の自由に制限を設ける」という考えには与しない。シャルリエブドが15年に襲撃された後、欧州全体でシャルリエブドとの連帯運動が起きたのもこうした理由からだ。欧州共同体(EU)首脳会議は29日、ニースのテロに対し「われわれが共有する価値観への攻撃を最大限に非難する」という共同声明を発表し、フランスへの支持を明確にした。

 地元メディアなどによると、ニース事件の容疑者は9月にイタリア経由で不法入国した21歳のチュニジア人で、犯行時には「アラー、アクバル(神は偉大なり)」と叫んでいた。動機は「キリスト教徒への復讐」だった可能性が強い。中学校の教員を殺害したのは18歳のチェチェン系の男だったが、いずれも背後関係は不明だ。

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