2024年7月22日(月)

Inside Russia

2012年10月19日

 巨額の公費投資が必要となるエネルギー政策は国家百年の計。故に、リトアニア国民がどのような判断を下すか、ラトビアでも注目していたのだ。

 国民投票の結果はもちろん、日立と連絡を密にしてきたアンドリウス・クビリウス首相の連立内閣にも重く受け止められた。首相率いる与党「祖国同盟・キリスト教民主党」は国民投票と同時に行われた議会選(定数141)の第1ラウンドで敗北。まず70の議席数が確定した比例代表の得票率で15%と、野党の労働党の20%、社会民主党の18%にリードされた。2008年のリーマン・ショックで、リトアニアの経済が落ち込み、クビリウス内閣が緊縮財政を取ったことに対し、批判が高まっていたことが主たる敗北要因だった。

 これを受け、国民に絶大な人気を誇るリトアニアのダリア・グリバウスカイテ大統領も「新政府と新議会は、一部の住民の考えを考慮に入れなければならない。そして、リトアニアの決定が最大限、国益に沿うものでなければならない」と述べていた。

 選挙と国民投票前の7月、「リトアニアにとって原発計画は重要であり、必要であり、高い価値があるのだ。われわれは、欧州委員会からも、地域の競争性とエネルギー安全保障を高めるこのプロジェクトが有益であると評価されている」と発言していたことに比べると、トーンダウンした慎重な言い回しだ。しかし、大統領は、投票率52%で、国民投票に参加した有権者130万人のうちの62%、つまり80万人が反対票を投じた数字がどういう意味を持つのかを解釈してみせ、「有権者(250万人)の3分の1以下しか原発の有益性を疑っていない」と付け加えることも忘れなかった。

チェルノブイリ型原子炉のあった街の運命

 リトアニアは独立直後、自力で電力をまかなっていた。にもかかわらず、新しい発電所が必要となったことは、ソ連崩壊とチェルノブイリ原発事故が深く関わっていた。

 森と湖に囲まれた北東部ビサギナスに、イグナリナという名称の原発第1号機が作られたのは1983年のことだった。この人工都市には、ソ連全土から原子力の専門家と原発作業員が集められた。“原発の街”の最盛期の人口は約3万5000人。稼働後は、バルト三国とベラルーシ、カリーニングラード州などに電力を供給していた。

 ところがその矢先、86年に、ウクライナでチェルノブイリ原発事故が起こる。黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉(RBMK)というチェルノブイリと同型の原子炉を抱えたイグナリナ原発は当初、4号機までの稼働が予定されていたが、結局、この事故の影響で、1、2号機しか建設が許されなかった。

 そしてソ連が崩壊し、リトアニアは独立。しばらくはこの2基を通して、国内の電力は潤った。300万人の人口規模の国家では十分すぎるほどで、余剰電力を近隣諸国に売り、貴重な国家収入にさえなっていた。


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