こうした問題は共産党自身も積極的に取り締まろうとしている問題なのでストレスはない。だが、そうした政権との摩擦を避けようと配慮して書かれた〈改革共識倡議書〉であっても、そのなかには、「党と政府の分離」や「自由な選挙」、そして「報道の自由」といった、いまだ中国の現実では十二分にハードルの高い要求を並べているのである。
興味深いのは、起草者の一人である北京大学の教授が多くの国内メディアの取材にも応じて、「要望書の中身は、1982年に改正された中国の現行憲法にある内容に沿ったもので現実的な提案だ」と語っていることだ。
つまり政権と敵対的な立場で要求するのではなく、あくまで共産党を認めつつ、党の変化を求めているのだ。しかも、その中身は共産党自身が制定した憲法のなかで謳っているものなのだというから、党としては無下にもできないというわけだ。
要望に対して静観する中国共産党
ネットを通じて突きつけられたこの要望に対し、党は現在のところ静観していて何のリアクションも示していない。もちろん憲法で謳っていても、それは理想論に過ぎないのが現実だからだ。
それを前提に難題を突き付けているこうした行動の真意が、婉曲的な政権批判であることは言うまでもない。
こうした政権に対し賢く挑戦する動きが公然と行われるのは、その背後で共産党の権威の失墜とガバナンスの低下が進んでいるととらえて間違いない。
もちろんそのことは共産党自身も十分認識しているはずである。
習近平体制の誕生と同時に民生(国民の生活)に大きな比重を置き、大衆の怒りの震源とされる官僚腐敗問題でより厳しい姿勢で臨む姿勢を打ち出しているのはこの象徴である。
習体制の姿勢は、彼が最初の地方視察の地として広東省を選んだことにもはっきりと表れている。