2024年7月16日(火)

Wedge SPECIAL REPORT

2022年1月25日

 テムザックはもともと、福岡県を拠点にした食品製造機器のメーカーだった。2000年に3代目の髙本氏が「これからはロボットの時代」と、スピンアウトする形で会社を立ち上げた。それ以降、鉄道保線、災害、レスキュー、医療、モビリティなど、さまざまな分野向けにオーダーメードで各種ロボットを開発してきた。25人ほどの少数精鋭の技術者集団で、業界では知る人ぞ知る存在になった。

 例えば、在来線の保線業務においても高齢化は深刻な問題で、夜間の限られた時間帯で作業を行う必要もあって重労働だ。そこで、線路のジャッキアップなど一連の作業を行うことができるロボットを開発した。

 また、同じく人手不足が深刻な介護業界。ここでも夜間、人間に代わって巡回見守りを行うロボットを開発して現在、名古屋市の介護施設で実用化に向けた実証を行っている。こちらは、ロボットと居室ドアの自動開閉システムをセットにして月額6.6万円での提供を予定している。

京都から
観光スタイルを変える

 21年、テムザックは拠点を福岡県宗像市から京都市に移した。個性的なモノづくり企業が多いだけに、もともと訪問する機会が多かったが、きっかけとなったのは、老舗西陣織のオーナーからの一声だった。ロボットの研究拠点にできる場所を探しているという事情を説明したところ、オーナーが「それは面白い」と、かつて西陣織の製造に使っていた建屋をテムザックの研究開発拠点として使用してはどうかと声をかけてくれたのだ。「町の人々はもちろん、モビリティ実験では京都府警も全面的にバックアップしてくれるなど、いったん懐に入ると非常に協力的な町」(髙本氏)と、京都市への移転を決めた。

 その京都市で現在進めているのがモビリティプロジェクトだ。京都の観光地を1人乗り型電動車両「RODEM(ロデム)」で移動してもらい、将来的には、使用後は充電スポットまで「ロデム」が自律走行で戻るというもの。

テムザックの「ロデム」。座席が高く歩行者と目線を合わせて会話をすることができる (TMSUK)

 ロデムの独特な点は後ろからではなく、前乗りするということだ。もともと開発のきっかけは、リハビリ患者や高齢者をベッドから車椅子に移動させる際、介助者が抱きかかえる必要があるため、腰への負担が大きく、腰痛を抱える介助者が多いという相談を九州大学病院から受けたことだった。

 「椅子の背もたれを前にして跨いで座ってテレビを見ているときにひらめいた。ベッドから車椅子に前乗りすることができれば介助の必要がなく、椅子自体をロボット化しようと思った」(髙本氏)。乗る際は座席を低くし、運転する際にはジョイスティックを使って座席を高くすることで立った人と無理なく目線を合わせることができる。ロデムの存在を知った米デルタ航空から、空港でアテンダントが腰を曲げる必要がないとのことで、試験利用の依頼があった。病院への導入も始まっており、今年から量産を開始する予定だ。

 医療向けに開発されたこのロデムの一般利用が進められているのが前述のモビリティプロジェクトだ。「自転車のシェアリングのような形を想定している。例えば、京都で最も人気の高い観光スポットである金閣寺。近くに龍安寺、仁和寺という素晴らしい名所があるが、交通の便が悪いために、金閣寺だけ観てバスに乗って帰るという人が少なくない。このような場面でロデムを使ってもらえれば、足を延ばすことができる。まずは京都でシティモビリティのモデルをつくって、他の観光地に広げていきたい」(髙本氏)と意気込む。将来的には、ここでもロデム同士がコミュニケーションをとるようにして、最適な配置を実現したい考えだ。

 「ロボットに仕事が奪われることを懸念する声があるが、ロボットでやるしかないという現場が多いのが実情だ」(髙本氏)。これまでロボットといえば、人間とのコミュニケーションや、二足歩行などその動きやパフォーマンスで人を楽しませ、驚かせるということが一般的だったが、名実ともに実用の段階に入ったと言える。

Wedge2月号では、以下の​特集「人類×テックの未来  テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ」を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。
人類×テックの未来  テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ
part1​   未来を拓くテクノロジー  
1-1 メタバースの登場は必然だった
宮田拓弥(Scrum Ventures 創業者兼ジェネラルパートナー)
  column 1   次なる技術を作るのはGAFAではない ケヴィン・ケリー(『WIRED』誌創刊編集長)
1-2 脱・中央制御型 〝群れ〟をつくるロボット 編集部
1-3 「限界」を超えよう IOWNでつくる未来の世界 編集部
  column 2   未来を見定めるための「SFプロトタイピング」  ブライアン・デイビッド・ジョンソン(フューチャリスト) 
part2   キラリと光る日本の技  
2-1 日本の文化を未来につなぐ 人のチカラと技術のチカラ 堀川晃菜(サイエンスライター/科学コミュニケーター)
2-2 日本発の先端技術 バケツ1杯の水から棲む魚が分かる! 詫摩雅子(科学ライター)
2-3 魚の養殖×ゲノム編集の可能性 食料問題解決を目指す 松永和紀(科学ジャーナリスト)
part3   コミュニケーションが生み出す力  
天才たちの雑談
松尾 豊(東京大学大学院工学系研究科 教授)
加藤真平(東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授)
瀧口友里奈(経済キャスター/東京大学工学部アドバイザリーボード・メンバー)
合田圭介(東京大学大学院理学系研究科 教授)
暦本純一(東京大学大学院情報学環 教授)
  column 3   新規ビジネスの創出にも直結 SF思考の差が国力の差になる  
宮本道人(科学文化作家/応用文学者)
part4   宇宙からの視座  
毛利衛氏 未来を語る──テクノロジーの活用と人類の繁栄 毛利 衛(宇宙飛行士)

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Wedge 2022年2月号より
テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ
テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ

メタバース、自律型ロボット─。世界では次々と新しいテクノロジーが誕生している。日本でも既存技術を有効活用し、GAFAなどに対抗すべく、世界で主導権を握ろうとする動きもある。意外に思えるかもしれないが、かつて日本で隆盛したSF小説や漫画にヒントが隠れていたりもする。テクノロジーの新潮流が見えてきた中で、人類はこの変革のチャンスをどのように生かしていくべきか考える。


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