シシ政権誕生直後は同氏がエジプトの英雄ナセル元大統領に雰囲気が似ていることもあって支持が高かったが、軍指導部や大統領の取り巻きなど一部だけが利権を享受している現実に失望感が広まった。今回の食料危機の対応を誤れば、人口2200万のカイロなどでいつ暴動が起きてもおかしくないだけに、政権の懸念は強い。
甘い汁を吸う軍部
食料危機が深まったのはシシ政権が国民の生活改善や政治・経済改革を怠ってきたことが大きな要因だ。2016年にはIMFから改革を約束して120億ドルの支援を受けたが、国民の生活向上にはつながらなかった。それどころか、国家の借金は10年以降膨らみ、それまでの4倍である3700億ドルにまで増えた。
「エジプトは近年、支配層の2%が甘い汁を吸い、残りの98%が苦しい生活を余儀なくされてきた。この構図はシシ政権でも全く変わっていない」(中東アナリスト)。特にシシ大統領の出身元である軍部は支配勢力の中核的な存在で、さまざまな企業を経営するコングロマリットでもある。
その軍部とシシ政権がエジプト復興の起爆剤として一体となって取り組んでいるのが新首都の建設だ。カイロの人口は50年までには2倍の4000万人に急増するとの予測があり、建設事業で経済を活性化し、人口密集問題も解決しようという試みだ。
新首都の建設地はカイロ東方45キロメートルにある砂漠地帯のど真ん中だ。政府の30に上る省庁や各国の大使館などが移転し、完成すれば650万人が住む都市となるというのが青写真だ。建設費用は約400億ドル(5兆円)。だが、「問題はこの新首都建設で得をするのは誰か、ということだ」(同)。
メディアなどによると、建設を推進する都市開発公社の株式の51%は軍が保有、新首都圏の土地や不動産の売却などを取り仕切っている。しかも省庁が移転したカイロの跡地はみな一等地にあるが、この跡地の売却も事実上、同公社が独占しており、大きな利益が軍部に転がり込む勘定だ。軍に対する監査は一切ない。
レバノンでも食料高騰と腐敗が同時発生
19年に債務不履行で国家破綻したレバノンは小麦のほとんどを輸入に頼り、その半分はウクライナ産。20年夏に起きたベイルート港大爆発で穀物の貯蔵庫が壊滅、小麦の備蓄は1カ月しかないと伝えられている。このためパンの価格が2倍にも急騰、通貨レバノンポンドの価値が半減するなどウクライナ戦争の影響は計り知れない。
世界銀行によると、人口約700万人の3分の1が貧困ライン以下の生活を強いられている上、パレスチナ難民50万人、シリア難民85万人を抱えていることもあって国家経営は文字通り「火の車」だ。国内総生産(GDP)比の国の借金はギリシャ、日本に次ぐ。
庶民の生活は困窮の一途。停電が断続的に続き、発電機なしではまっとうな生活さえできないが、ガソリンなどの燃料が不足し、ガソリンスタンドは連日長蛇の列だ。個人の預金引き出しが制限されていることも生活の大きな不安材料だ。レバノンに見切りをつけた医師の脱出が相次いでいる。
だが、「腐敗のデパートのような国」(前出の中東アナリスト)と言われるように、レバノンを牛耳っている各宗派の支配層は国家の再建どころか、利権の確保に血道を挙げているのが実態だ。その一角に逃亡中の元日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告もぶら下がっている。