アフガニスタン撤退の意味
簡単に触れたように、アフガニスタンから2014年NATO軍・米軍が撤退した後には米国にとって中央アジアにおける軍事基地の意味合いがより大きくなる。
(出所:ブルッキングス研究所)
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アフガニスタン駐留は米国にとって大きな負担だった。特に、オバマ政権下では、約3万4000人から最も多い時期で約10万人へと約3倍に駐留米軍の数は膨れあがった。その背景には、2009年3月に発表された軍民両面での支援を柱にしたアフガン包括戦略と増派、さらにその後の「2011年7月の撤退開始を条件」とした追加増派などがあたが、アフガニスタン駐留の負担は米国にとって極めて辛いものとなっていた。
まず、莫大なコストがかかっていただけでなく、米軍死者数が2000人を超え(icasualties.orgなど参照)、精神を喪失したり、自殺したりする兵士が膨大な数に上った。また、アフガニスタンではテロが頻発し、治安は極めて不安定だ。だが、NATOや米国の駐留が成功を遂げたとは言えない状況の中、長期化するアフガン政策で米国民は疲弊し、さらに、米国経済状況の悪化を受け、オバマ大統領は「米国の国造りを最優先する」として、アフガニスタンからの撤退を決意した。2014年末までの期限で2011年からNATOおよび米軍の撤退が進められているが(ただし、後述の通り米軍は部分的に残留する)、それらの撤退後に地域の情勢が再び悪化する可能性は決して低くない。
そこで、後述の通り、アメリカは「リリー・パッド」戦略(前篇末尾のコラム参照)に基づき、アフガニスタンに近い中央アジアに小規模な基地をより多く建設することに以前よりも強いプライオリティを置くことになったのである。 (以下後篇につづく)