2024年12月23日(月)

WEDGE SPECIAL OPINION

2023年2月24日

タブーなき議論を始め、日本は万全の備えを

 日本から遠く離れたウクライナが受けた理不尽な侵略は、日本にも多くの課題を突き付けた。

 まず指摘すべきは、欧州情勢を見るうえでの日本の視点の偏りである。欧州においてはかねてから、ロシアの脅威を声高に叫ぶポーランドやバルト諸国などと、ロシアとの経済的相互依存を深め、そのためにはロシアへの宥和も厭わないドイツやフランスなどとの間に、無視できない認識ギャップが存在していた。

 しかし結局のところ、ロシア・欧州の経済関係の強化がロシアの武力行使を思いとどまらせることはなく、ポーランドやバルト諸国の懸念が的中した形となった。06年のリトビネンコ事件(※1)や18年のスクリパリ事件(※2)など、自国の領土内で数多くのロシアによる蛮行を経験していた英国も、厳しい対ロシア姿勢を長年とり続けてきた。

※1:英国に亡命した元ロシア情報機関員のリトビネンコ氏が放射性物質ポロニウムで殺害された事件

※2:英国に亡命した元ロシア軍情報機関大佐のスクリパリ氏とその娘が神経剤ノビチョクで襲撃された事件

 欧州内部に確実に存在していたロシア懸念の声に、日本はどこまで耳を傾けていただろうか。むしろ、北方領土の返還を含めてロシアに非現実的な期待を抱き、日本が見たいロシア像だけを見ていたのではなかったか。プーチン政権が一度占領した他国の領土を返還することなどあり得ないことは、08年のロシア・ジョージア戦争や、14年のロシアによるクリミアの違法な占領などの事例からも明らかである。

 この悲惨な戦争は、日本がロシアに対するこれまでの過剰な期待や幻想を断ち切り、ロシアの実像を改めて理解することができるか否かをも突き付けている。後述するように、主要7カ国(G7)の結束を大前提としながら、冷静かつ抜本的な対ロシア政策の見直しを日本がどこまで進めることができるのかが問われている。

 この戦争が日本に突き付けたいまひとつの重要な教訓は、侵略を試みる国を完全になくすことは不可能であるという現実である。戦争を起こさないための外交交渉が重要であることは言うまでもない。侵攻開始前、フランスのマクロン大統領は連日のようにプーチン大統領に電話をかけ、毎回数時間にわたって侵攻を思いとどまるよう説得したとされる。

 またウクライナ政府も侵攻直前までに、北大西洋条約機構(NATO)への加盟は断念する意向を、外交ルートでクレムリンに伝えていたという。しかし、いかに外交努力を尽くしても、ひとたび軍事的手段を用いて目標を達成することを決意した大国─とりわけ核大国─の意思と行動を変えるには限界があることを、この戦争は露呈したのである。

 そうである以上、最悪の事態ーーとりわけ、隣国からの武力による現状変更ーーの可能性を常に想定し、タブー抜きの議論をし、万全の備えを目指す以外に日本のとるべき道はない。その際、ウクライナにおける出来事を常にわが身に置き換えて捉えることが肝要となる。

 ウクライナが現在、国土の約20%をロシアに占領されていることはすでに述べたが、そのウクライナに「占領された領土を全て取り戻すことなどできないのだから、諦めてロシアとの停戦交渉を優先してはどうか」と諭す声が日本では絶えない。しかし国土の約20%といえば、日本では九州よりも広い地域が他国の支配下に入るに等しい。そのような状況で領土の「切り捨て」を外国から促されて、納得する日本人がどれほどいるだろうか。

 有事に直面した際、日本はどのように対処するのか、死守しなればならないラインをどこに引くのか、真剣な議論を開始すべき時である。

 侵略を受けたウクライナから学ぶばかりではない。

 今年1月、ドイツは戦車レオパルト2をウクライナに提供することを決定しただけでなく、他の諸国がレオパルト2をウクライナに供与することも、製造国として許可することに踏み切った。この問題を巡ってショルツ首相が逡巡を続ける中、ウクライナだけでなく、ポーランドやフィンランドなどのレオパルト2提供に積極的な諸国はドイツへの批判を強めた。こうした「決められないドイツ」の姿を揶揄するかのような空気は、日本にも確実に存在していたのではなかったか。

 しかし、戦車の提供(ないし提供許可)は、ウクライナにおける戦況を大きく変化させる引き金となり得るだけでなく、ドイツとロシアとの関係を決定的に悪化させる可能性をはらんでいた。ドイツの逡巡は、その立場に立てば十分に理解できることである。

ドイツのショルツ首相は逡巡の末、ウクライナへの戦車供与に踏み切った(REUTERS/AFLO)

 仮に日本がこのような重大な転機に直面した場合、日本は冷静に議論し、決定を導き出すことができるのか。場合によっては、ドイツとは比べものにならないほどの右往左往が発生するのではないか。あるいはそうした決定を行わない場合、日本は国際社会に対し、日本としての考え方を十分かつ説得的に説明できるのか。ドイツの事例は、日本にとっても全く他人事ではないのである。


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