果たして、習近平政権が掲げる「中国式現代化」は「人類文明の新形態」を創造し得るか否かという議論はひとまず置いて、対立を深める米中関係、ウクライナ情勢をめぐる中露関係の最新動向、イランとサウジアラビアの外交関係正常化に中国が積極的な役割を果たしたこと、また、国際社会における各種の紛争や分断なども想起すると、中国が国際社会においてその影響力をさらに拡大させている趨勢は注目すべきだ。
全人代を終えた習近平が、今後、外交の舞台でどのような戦略を展開していくのか、その思想的背景となる「人類文明の新形態」を念頭に、引き続き注視していく必要があるだろう。
「価値」をめぐる習近平政権の狙い
対立や分断が進む国際情勢を鑑みれば、習近平政権が掲げる統治理念が中国国内のみならず国際社会にも波及し得るか否かという問題は、「価値」をめぐる対立のさらなる激化を想起させる。
習近平政権は、国際社会に広く共有されている民主・自由・平等・法治・人権などの「普遍的価値」は欧米が主導する西側の価値観だと痛烈に批判している。中国国内で思想や言論の統制、弾圧が著しく強化されている背景には、中国共産党が警戒する「普遍的価値」の影響力を徹底的に排除するという狙いがある。
習近平政権の発足以前は、中国共産党の内部においても「普遍的価値」をめぐる改革派と保守派の論争が激化するなど、党内外で比較的自由な言論空間が成立し得た時期もあった。だが、習近平政権発足後は「普遍的価値」に対する統制が強化され、さらには「普遍的価値」に対する挑戦も見られるようになった。国内においては中国共産党が定めた「社会主義の核心的価値観」の思想教育を徹底し、国際社会に対しては中国が主導する「全人類共通の価値」を強調するという戦略である。
「社会主義の核心的価値観」とは、国家・社会・公民の価値基準を一体化することを狙いとして定められたもので、「習近平新時代中国特色社会主義思想」の重要な構成要素である。2012年第18回党大会で提起され、習近平政権下の10年来はこの思想教育が徹底されている。
「社会主義の核心的価値観」の具体的内容は、以下のとおりだ(中国語のキーワードを用い、日本語訳は括弧内に記した)。
・社会の構築理念としての「自由・平等・公正・法治」
・国民の道徳規範としての「愛国・敬業(勤勉)・誠信(信義誠実)・友善(友好)」
一見すれば、「社会主義の核心的価値観」に挙げられている「民主」や「自由」などは、「普遍的価値」と共通するように思われるが、中国で語られるのは「中国式の民主」、「中国式の自由」という点に留意する必要がある。
習近平が国際社会に対して主張している「全人類共通の価値」は、「平和・発展・公平・正義・民主・自由」と定義されている。これらもまた「普遍的価値」と相似の概念に思われるが、このような「全人類共通の価値」を、欧米ではなく中国が主導するという国際社会における影響力の拡大こそが習近平政権の狙いというべきだろう。
さらに言えば、国際社会では「全人類共通の価値」を尊重するが、各国内では国情にあわせた統治を尊重し、権威主義体制や全体主義的独裁体制なども内政干渉しないという中国共産党の企図がある点も指摘しておきたい。