しかし、それも最早意義を失いつつある。農村部から都市部への人の流入は止まらない。さらに、携帯電話やインターネットの普及によって情報の遮断自体が現実的ではなくなってきた。都市戸籍と農村戸籍を従来通り区別しておくことは、意味がなくなったばかりでなく、社会問題の原因にさえなっているのだ。
「西部大開発」に「西進」
内陸部の開発目指す
もう一つの努力は、「西部大開発」である。2000年に始まった西部の開発は、経済発展が遅れている中国内陸部を開発して東部(沿岸部)との経済格差を縮小させることを目的にしている。沿岸部と内陸部の甚だしい経済的格差が、中国社会に大きな歪をもたらしているからだ。中国政府は、2000年代前半から「西部大開発」と銘打って大々的に西部開発政策を進めてきたが、現在までのところ、格差が縮小しているようには見受けられない。
そうした状況下で、最近、中国国内で「西進」が主張され始めている。「西進」は、一般には、中国の中央アジア、南アジアからアフリカに至る影響力の拡大という文脈でとらえられ、英語では”March West”と訳される。米国で発表された中国の西進に関する論文には、「米国のアジア回帰によって、米国と衝突したくない中国は東への拡大を止め、西へと拡大を始めた」という趣旨のものがあるが、米国らしいパワーバランスに基づく考え方を反映していて興味深い。
しかし、中国で主張され始めた「西進」は、単純な米中パワーバランスに基づくものではない。中国国内の経済格差解消の努力と密接に関係しているのだ。2012年に北京大学の王缉思教授が発表した「西進-中国地勢戦略のリバランス」は、中国が西に目を向けるべき理由を述べる。彼は、西部大開発は新しい戦略の柱になるとした上で、中国が発展させるべきは東の沿岸部のみではなく、西方にある各国、すなわち、ロシア及び中央アジア各国との政治的・経済的関係を強化して、米中関係のバランスをとりつつ、内陸部を開発・発展させるべきと言うのだ。
西への活動の拡大は、内陸部に経済活動をもたらす。中国は、中国への資源の海上輸送をマラッカ海峡で米国に止められることを非常に恐れている。今年1月にパキスタン・グワダル港の管轄権を入手したのも、マラッカ海峡通峡の代替手段と考えられる。パキスタン及びミャンマーで建設されている代替手段は、パイプラインであり高速道路であるが、それらは全て中国の内陸部につながる。また、中央アジアから、或は中央アジアを通って資源を輸入すると、当然、中国内陸部に到達し、そこから中国国内に広がる。これらは、海運を利用して発展した沿岸部に対して、陸運を利用して内陸部を発展させようとするものだ。「西進」戦略は「新シルクロード」を拓き、その終着はヨーロッパを越えて大西洋だと言う。