著者が投げかけた「重い」問い
著者は、池崎には抜群の教養があったが、それは学者や文人の美徳であって、政治家としての必要な胆力には欠けていたという。理想主義者で、既成政党などの不正を憎んだが、それは政治的な狭量さにつながっていた。
そのため大組織を動かす政治家にはなることができず、いつも小会派に属して活動した。それは議会外の大衆からの絶えざる支持獲得の必要性につながっており、そうした大衆世論の先取りにはメディアの経験が役に立ったが、結局はA級戦犯容疑者になったのだった。
こうした池崎の全容を初めて明らかにしたのが本書である。印象に残るのは、非常に多くの大正から昭和にかけての政治家と知識人が登場するので、両方に精通していなければ妙味が分からず書けないということであった。
木戸幸一とのことは既に書いたが、意想外の関係の深さであり、そのほか芥川龍之介、倉田百三、風見章、岸信介など関係ある政治家と知識人は多く、興趣尽きない。
かつてはこういうことの書ける人は丸山眞男をはじめ多く、橋川文三に『政治と文学の辺境』(冬樹社)という本があったことを思い出したが(池崎について橋川が草した一文を著者が紹介しており興味深い)、現在は極めて少ない。それは、学問の細分化の帰結であり、現代日本における総合的知識人の欠落ともいえ、そこに一つの知的な危機があることが思われた。
また、文学関係者として出発し政治に関わった著名な人物に、戦前は菊池寛、最近は石原慎太郎がいるが、菊池は衆議院選挙に落選しているので(東京市会議員には当選)、池崎に最も似ているのは石原だろう。反米ナショナリズムを鼓吹して人気があった点も共通している。しかし、両者には大きな相違もあり、それを通して戦前戦後の相違を考えるためにも、まず池崎を知らねばならないが、これまでその材料はほとんどなかったのである。この点でも、著者の功績は大きい。
そして、そこにさらに、メディア議員が多かったからこそ戦争を止めることができなかったのではないか、という著者の投げかける重い問いが加わる。何重もの仕掛けによる、重層的な問題提起に満ちた書物なのである。著者の次の問題提起が待たれる。