最近の冷凍技術の進歩はめざましく、一度冷凍した魚介類も、冷凍していないものと遜色なくおいしいとされる。しかし、冷凍しない魚介類を生で食べたいという日本人の〝信仰〟は根強く、アニサキスの猛威は当分やみそうにない。
牛から豚へ、移り行く生肉の危険性
法律による規制で腸炎ビブリオによる食中毒は激減したわけだが、厳しい規制をすることで別のリスクが増えることもある。そのいい例、といってはなんだが、腸管出血性大腸菌による食中毒対策で牛のレバ刺しを禁止したところ、E型肝炎が増えた。どういうことか説明しよう。
腸管出血性大腸菌は、主に牛の腸内にいる細菌。牛には悪さをしないが、人間がこの菌に汚染された食品を食べたり感染者の便に触れたりして体内に取り込むと下痢や腹痛の症状が出る。乳幼児や子供、高齢者では「溶血性尿毒症候群(HUS)」を引き起こし、腎臓や脳に重大な障害を生じ、ときには死に至ることもある。
2011年(平成23年)、富山、福井両県の焼き肉チェーン店で腸管出血性大腸菌「O111」などによる食中毒が発生。牛生肉のユッケなどを食べた5人が亡くなったこの事件をきっかけに、同年10月に生食用牛肉の基準が策定され、翌11年7月から飲食店でレバ刺しなど牛レバーの生食の提供が禁止された。これにより、牛ではなく、豚の肉やレバーを生で提供する飲食店が出てきたのだ。
豚の肉を生で食べると聞き、最初は信じられなかった。子どものころ「豚には寄生虫がいるからよく焼いて食べろ」と言われ、これが常識だと思っていた。ただ、平成生まれにこのことを言ってもきょとんとされるので、今は常識ではないのだろう。
豚は寄生虫だけでなく、E型肝炎ウイルスを保有していることがあり、肉やレバーを生で食べることで人間が感染する。E型肝炎が増えたのは、牛の代わりに豚の肉やレバーを生で提供する店が出てきたことと無関係ではないだろう。
E型肝炎に感染すると、2~10週間ぐらいで急性肝炎を発症する。全身の倦怠感や黄疸、発熱などの症状が出て、多くは3~4週間で自然治癒するが、まれに重症化して亡くなる人もいる。とくに妊娠後期の女性がE型肝炎ウイルスに感染すると重篤化することが知られている。
豚の肉やレバーを生食しないように注意喚起しても状況は変わらず、結局、15年(平成27年)に豚の生食提供も禁止となった。今、生食提供が禁止されていないものに鶏やジビエがあるが、禁止されていないから「生で食べても安全」というわけではない。鶏の生食ではカンピロバクターによる食中毒が頻繁に起きているし、ジビエからのE型肝炎発症も起きている。
と、肉やレバーの生食の危険について取り上げたが、中高年者の中には「俺は若いころに牛のレバ刺しをがんがん食べたし、周りでもそういうやつはいっぱいいたが、食中毒になったやつなんていなかった」と思っている人もいるだろう。実際、焼き肉チェーン店での食中毒が起きる前、牛レバ刺しを提供していた飲食店のほとんどで食中毒は報告されていなかった。ただ、軽い食中毒なら医療機関に行かない人も多いだろうし、医療機関で原因の特定が難しく保健所に届け出ないケースもあり、実際に食中毒になる人がいなかったわけではない。