東京電力福島第一原発で溜まり続けている処理水の海洋放出が今年の夏までに実施される見通しだが、これに対して水産物の風評被害を懸念した全国漁業協同組合連合会(全漁連)と福島県漁連が強く反対している。
そもそも風評被害とは根拠がないうわさが引き起こす被害である。処理水の安全性は科学的に証明されている。にもかかわらず、うわさを信じて安全性に不安を感じる人が増えるようなことがあれば、水産物の売り上げが落ちる被害が出る。消費者がうわさに惑わされなければ被害は起こらないのだが、そのためにどうしたらいいのかを考えるために、最近起こった3件の風評被害の経緯を検証してみる。
BSE問題
2001年に千葉県でBSE(牛海綿状脳症)感染牛が発見された。当時、英国では多数の感染牛が発生していただけでなく、BSEに感染して致死性の脳疾患を発症した若者が発見されていた。
日本でも同じことが起こるような報道が続いてパニックが起こり、牛肉の売り上げは落ち込んだ。政府は全頭検査を実施して「検査したから安全」と広報し、騒動は徐々に落ち着いた。
ところが03年末に今度は米国でBSEが発見され、米国産牛肉の輸入が止まり、人気の牛丼が販売中止に追い込まれた。日本は輸入再開の条件として全頭検査の実施を求めたが米国はこれを拒否し、2年をかけて協議した結果、検査なしで輸入を再開した。
BSEは病原体が蓄積する脳やせき髄を食用にすることで人に感染する。だからこれらを除去すれば牛肉の安全を確保できる。これは有毒のフグを安全に食べるのと同じ方法だ。世界的にこのような対策を実施したので、人への感染を防止することができた。
もちろん日本も同じ対策を行ったが、これに加えて安心対策としたのが全頭検査だ。検査は脳に蓄積した病原体を測定するのだが、ほとんどの牛は検査で検出できる量の病原体が蓄積する前に食用になる。だから感染牛の大半が感染していないことになり、食用になる。しかし政府がこの重大な事実を国民に知らせることはなかった。メディアは政府の不作為を批判しなかっただけでなく、「検査をしたから安全」という「全頭検査神話」の成立に積極的に手を貸した。
こうしてBSE問題は国とメディアが作り出した安心対策により収まった。ただし、パニックを抑えるために国民をだましてもいいのかという深刻な問題の検証は行われていない。