2024年11月21日(木)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2023年1月30日

 残留農薬、食品添加物、放射能と、すべて厳しい規制が行われ、安全が守られている。ところが日本の規制は海外より緩いなど、規制値の大小について議論が続いている。

 規制値には安全を守るために重要な基本的規制値と、これを補完する個別規制値の2種類がある。前者は安全な量を示すコップの大きさであり、後者はコップに入れる個別の成分の量ということができる。

処理水に対する規制値の議論が続いている東京電力福島第一原子力発電所(AP/アフロ)

 安全を守るのはコップの大きさであり、だから議論すべきは基本的規制値である。ところが、当然のことながら、基本的規制値には国際的に大きな違いがないので、ほとんど議論になっていない。他方、個別規制値には各国の事情で違いがある。すると議論はここに集中し、それが小さい方が安全という誤解を生んでいる。

 コップの大きさではなく中身の割り当てを議論することは健康被害とは無関係の数字の遊びと言わざるを得ない。このことをご理解いただくために、規制値の決め方とその伝え方について考えてみたい。

問題は個々の規制値ではない

 社会にはさまざまな規制がある。飲酒や喫煙の年齢制限や車の速度制限などは分かりやすい規制だ。しかし中には難解な決め方の規制もある。

 除草剤ラウンドアップを例にすると、第1段階はヒトが一生の間毎日食べ続けても安全な量である一日摂取許容量(ADI)の決定であり、その主成分であるグリホサートについて、体重1キロ当たり1日に1ミリグラム、体重が50キロの大人であれば1日に50ミリグラムが基本的規制値である。重要な事実は、ADIは動物実験で得られた安全量のさらに100分の1に設定され、万一ADIを超えても100倍以内なら安全が保てるようになっていることだ。

 ラウンドアップは多くの農作物で使用されているので、第2段階は作物ごとの個別の残留規制値を決めることだ。そのためにさまざまな作物を栽培してラウンドアップを散布し、適正な使い方をした時にどのくらい残留するのか確認する。その結果から、作物ごとの仮の規制値を決める。この値と、その作物の平均的な摂取量をかけ合わせると、グリホサートの1日摂取量が計算できる。

 この作業をすべての作物について行い、残留量を足し合わせる。これをADIと比較して、正式の規制値を決める。こうして小麦30ppm、大豆20ppm、そら豆2ppm、白菜0.2ppm、米0.1ppm、牛乳0.05ppmなどの農産物ごとの規制値が決まる。mg/kgとppmの2種類の単位が出て来るが、ここでは同じと考えて差支えない。

 分かりやすく言うと、最初にADIというコップを準備する。このコップ1杯であれば、一生の間、毎日飲み続けても安全である。コップには米、麦などさまざまな農産物が入っているが、それらをすべて入れてもコップからあふれないように個々の規制値を決める。どれかが大きければどれかを小さくして、総量がコップに入るようにしているのだ。

 こうして決めた30ppmという小麦の規制値が高すぎるという批判がある。しかし、安全を決めるのは個々の作物の規制値ではなく、ADIというコップの大きさなのだ。小麦の規制値が変わっても、すべての食品を食べてADIを超えなければ安全性に影響はない。


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