原発作業員の法定被ばく限度は、通常時は50mSv/年かつ100mSv/5年、緊急作業(事故対応作業)時は100mSvであり、健康な成人であればこれが安全の限界といえる。だからこそCT検査で規制値の10倍程度の被ばくを受けても問題は起こっていない。原発から出される放射線にも同じ規制値が採用され、敷地境界線量を1mSv/年未満としている。
現在問題になっているのは原発敷地内で発生している放射能汚染水の処理だ。原子炉では溶けて固まった燃料デブリが発熱を続けている。その冷却水が放射性物質を含む汚染水になる。これをALPSと呼ばれる多核種除去設備などで処理して放射性物質を除去したのがALPS処理水だ。
しかしトリチウムだけは除去することができない。そこでトリチウムが規制値以下になるように希釈してから海洋に放出する計画が進んでいる。そこで問題になるのがトリチウムの規制値だ。
処理水の規制値の謎
排水中のトリチウムの規制値は1リットル当たり6万ベクレル(Bq)である。mSvとBqという2つの単位が出てきて分かりにくくなるのだが、簡単に言うとBqは放射線の量である。
放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線などの種類があり、また外部被ばくと内部被ばくなどの違いで、健康への影響が違う。そこで健康への影響の大きさを表す単位としてmSvを使う。トリチウム1万Bqは0.00019mSvに相当する。
世界保健機関(WHO)は飲料水のトリチウム規制値を1リットル当たり1万Bqとしている。この水を毎日2リットル飲むと年間0.14mSvになる。また排水基準である6万Bqのトリチウムを含む水を毎日2リットル飲み続けると、年間0.83mSvになる。いずれにしろ年間1mSvを下回り、しかも1mSvという基準は十分な安全域を取っているので、飲料水基準も排水基準も実質的には差がない安全な数字である。
すると処理水の基準も同程度でいいと考えるのだが、実際は1リットル当たり1500Bq以下というさらに厳しい値になっている。すると、なぜ処理水の基準がこんなに厳しいのか疑問が沸く。最近の原発視察時に配布された資料にはその根拠が示されていなかったため東京電力の担当者に質問したところ、いくつかの資料を紹介された。
そこには汚染水タンクなどの固体廃棄物から放出される放射線の他に、気体廃棄物と液体廃棄物からの放射線があること、液体廃棄物にはトリチウムの他に検出限界前後という微量のセシウムやストロンチウムが含まれること、これらをすべて合わせて敷地境界線量を年間1mSv未満とすること、すると処理水中のトリチウムの割り当て分が1500Bqになること、この処理水を1年間毎日1リットル飲み続けると0.219mSv/年になるなどの説明があった。
これは残留農薬の規制値の決め方と同じで、最初に1mSvというコップの大きさを決めて、次にコップの大きさを超えないように、中身の量を決めているのだ。飲料水も排水もコップの中身はトリチウムだけである。
他方、処理水はトリチウム以外の核種や、処理水以外の汚染源からの放射線をすべて合算して1mSv/年を超えないようする。だから処理水はトリチウムの割り当てが1500Bqと小さくなっているということで納得した。