小麦については、食パン1斤に使う小麦粉の量は約250グラムなので、限度いっぱいのグリホサートを含む小麦粉で作った食パンを1日に6斤食べても、他の食品からの摂取がなければ、ADIを超えない。小麦粉や食パンのグリホサート含有量を測定した結果を見ると0~1ppm程度であり、1ppmのグリホサートを含む小麦粉で作った食パンであれば100斤食べてもADIを越えないことになる。
ADIは国際的にほぼ同じだが、個々の作物の規制値は国によって違う。その作物を食べる量などの条件が違うからである。
ADIを超えなければ安全に問題がないにもかかわらず、作物ごとの規制値だけを問題にして、「日本は小麦の基準を5ppmから30ppmまで6倍も緩和したのは安全性の無視」などという議論があるが、これが全くの筋違いであることはご理解いただけると思う。
ゼロリスクの夢
そうはいっても、だれでもがゼロリスクを望む。ところが安全性と費用の間には特徴的な関係がある。図に示すように費用を1かけると残ったリスクが半分になるという関係だ。すると費用を2かけるとリスクは75%、3かけると87.5%削減される。戦後の混乱期のように食品のリスクが大きい時には、少ない費用でリスクを大きく削減することができた。
ところがもっと安全にしようとしてさらに費用3をかけても削減できるリスクはわずか0.9%に過ぎない。筆者の感覚では残留農薬や添加物のリスクは99.9%削減され、健康被害は出ていない。残る小さなリスクをゼロにするためには無限の費用が必要になる。
例えば、残留農薬のリスクをゼロにしようと思えば農薬を全廃することが必要だが、その結果、食料の安定供給は不可能になる。コロナ問題で明らかになったように、規制が厳しいほど経済・社会に大きな圧迫を与える。一つのリスクをゼロにすることが安全なのではなく、規制が健康と経済・社会に与える影響を計算して、すべてのリスクの総和を最小にするリスク最適化の考え方が必要である。
さらに複雑な放射線の規制値
放射線の規制も複雑だ。放射線は宇宙から降り注ぐ。岩石からも出てくる。ほとんどの食品は放射性カリウムを含むので、それを食べた私たちの体からも放射線が出ている。日本人は宇宙から0.3ミリシーベルト(mSv)、空気中のラドンから0.48mSv、大地から0.33mSv、食品から0.99mSv、合わせて年間2.1mSvの自然放射線の被ばくを受けている。
これに加えて、胸部X線検査1回で0.06mSv、胸部CT検査1回で2.4~12.9mSvの被ばくがある。高い高度では自然放射線が多く、東京~ニューヨークを飛行機で往復すると0.11~0.16mSv を被ばくする。
被ばくをゼロにしようとしても、自然放射線は避けられないし、医療検査や海外旅行を止めるわけにはいかない。そこで医療用を除く人工放射線について、一般の人は年間1mSv以下という規制を行っている。ADIと同じで、この規制値には大きな安全域を設けてある。