思い出すスーパーの独自基準
そこで処理水のトリチウム基準1500Bqについてどのように説明しているのか調べた。資源エネルギー庁の「廃炉の大切な話」というパンフレット には、「海洋放出する際のトリチウム濃度は、国や国際機関(WHO)の安全基準を大きく下回ります」というタイトルで、1500Bq/リットルという基準は排水基準の6万Bq/リットルの40分の1、WHOが定める飲料水基準の1万Bq/リットルのおよそ7分の1で、「安全基準を大きく下回る」と書かれていた。これはそのとおりで間違いはない。しかし、このような厳しい基準にした理由の説明がない。
これを見て筆者は、原発事故後に大手スーパーが国の基準より厳しい独自基準を採用して安全をアピールしたことを思いだした。独自基準は科学的根拠がない宣伝材料であり、国の基準は緩すぎるという誤解を生む役割も果たした。
もちろん、処理水の1500ベクレルには科学的根拠がある。ただし、その根拠は排水や飲料水の根拠とは異なるため、規制値が小さくなっているのであって、処理水を特に安全にするために小さくしたのではない。このことを説明することが理解を深めるのだがそれは省略して、単に処理水と飲料水のトリチウム規制値だけで比較して、「少ないから安全」と説明することは、排水や飲料水の基準が高すぎるので、処理水は特別に低くしたという誤解を生みかねない。
規制値の決め方は複雑で、それを理解してもらうことが困難なことは筆者自身経験している。風評被害を避けるために安易な説明を選択して安全を強調する苦しい状況は理解できないことはない。しかし、原発視察時に配布された「汚染水が発生する理由」と題する東京電力のパンフレットには「風評払拭と流通促進に向けた取り組み」として、「情報を正確に伝えるためのコミュニケーションの積極展開」という方針を掲げている。
少しでも科学的に疑問がある説明をすれば批判され、信頼を失うことにもなりかねない。1500ベクレルの根拠については「質問があれば答える」対応と理解するが、広く配布するパンフレットにその説明がないことは「正確な情報の発信」という方針に沿ったものとは言えず、残念である。
最後に付け加えると、自然放射線を2mSv以上浴びて、そのうえ医療用放射線や海外旅行で放射線を浴びている私たちにとって、原発由来の1mSv以下の放射線をさらに削減することにどれだけの意味があるのか、冷静に考えれば容易に理解できる。にもかかわらず原発反対や東電たたきや日本たたきの手段として達成不能のゼロリスクを主張する一部メディアや一部の国があり、これに影響される民意がある。そのような動きには厳しい苦言を呈しておきたい。