風評被害の構造
これらの事例から、風評被害の第1段階は事件や事故に対する危機管理の実施と、安全の確保であることが分かる。その成功の程度によってはパニックが起こり、風評被害が発生することがある。
第2段階は情報拡散である。その手段は新聞やテレビからネットメディア、個人のブログなどさまざまであり、時には誤解に基づいたり、自身の思想、信条を広めるために、事実と異なる情報を拡散することも少なくない。さらに情報の偏りという問題もある。
安全性に関する議論が多い添加物、残留農薬、遺伝子組換え、放射能などの情報を見ると、安全を伝える情報は極めて少なく、大部分が危険を警告する情報である。危険情報を無視すれば危険に遭遇するリスクが高まるが、安全情報を無視してもリスクはない。だから私たちは本能的に危険情報を重視し、安全情報は無視する。
その結果、新聞、テレビだけでなくウェブの世界でも危険情報は多数の「いいね!」を獲得し、リツイートされて拡散し、ビジネスになる。こうして社会に飛び交う情報には危険側への大きな偏りが生まれている。
情報格差を是正するためには正しい情報を多量に拡散し、間違い情報をファクトチェックで指摘することなどが有効だが、いずれも多大な経費が必要であり簡単ではない。
第3段階は消費者の判断だが、すべての判断の根拠は情報であり、その影響は極めて大きい。例えば朝日新聞07年6月24日『本紙世論調査に見る「世論」って』と題する記事では「世論調査にどのように答えるのか」を調査している。その結果、「じっくり考えて答える」が32%だったのに比べて、「直感で答える」が60%だった。また「世論が誘導されている」と考える人は68%で、誘導しているのは新聞、雑誌、テレビなどのマスメディアと思う人が53%、テレビのキャスターコメンテーターが28%、政治家が25%、学者・言論人は13%だった。そして50%は「メディアが世論を作っている」と答えている。
よく考えていないことを聞かれても直感で答えるしかない。その直感は新聞やテレビの情報が作るのだ。このことは新聞やテレビが信頼されていることを示す。だから「新聞に書いてあった」とか「テレビで言っていた」という言葉が正当性の根拠に使われている。
もう一つの要素は時間である。事件や事故の直後は大量の情報が流されて不安が大きくなる。しかし事態が収まるに従って情報は少なくなり、人々の関心は薄れ、忘れていく。20年前のBSE問題を覚えている人は少なくなった。しかし中国問題や原発問題の情報は形を変えて発信され続けている。
小売事業者もまた情報を発信する。それは店頭に並べる商品の選択であり、その基準は「売れ行き」である。そのため消費者の不安があると事業者側が推測する商品は、たとえそれが風評であっても販売を控える。こうして中国産や福島産食品が店頭から消える状況が起こり、そのことが消費者の不安をさらに拡大した。
私たちの判断には確証バイアスが働く。先入観ができると、それに合致する情報を集めて安心し、一致しない情報は無視したり反発したりする。こうして先入観が強化される。
食品安全に関する調査の多くでは「安全」と答える人が1~2割、「危険」と答える人が同じく1~2割、「どちらかといえば」や「わからない」と答える人が6~8割程度である。ということは強い先入観を持たない人が6~8割いると考えられ、その人たちが風評被害発生の決定権を持っているともいえる。