NHK朝のテレビ小説『あんぱん』は、同名の絵本の作家であるやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルにしたドラマだ。第1週「人間なんてさみしいね」(3月31日~4月4日)から第4週「なにをして生きるかのか」(21日~25日)を終えて、世帯のリアル視聴率が15%を超えて好調な出足である。
脚本家の中園ミホが、やなせたかしの絵本や著作を読み込んだうえで作り上げたセリフが心に染み入る傑作である。やなせ夫妻が出会いは成人になってからで、結婚するのは東京においてである。ヒロインの朝田のぶ(今田美桜)と結ばれることになる、柳井嵩(やない・たかし、北村匠海)が幼馴染として高知を舞台として描かれているのが、ドラマの成功の大きな要因のひとつだろう。
「ハチキンおのぶ」へとイメージ転換
ヒロイン役をオーディションで勝ち取った、今田美桜は女優として大きな転機に立ったといえるだろう。美しい眼を魅力として、女優の道を歩んできた彼女も、年齢が30歳を控えて実は代表作に恵まれているとはいえない。本作が飛躍の舞台をなることを祈りつつ観ている。
今田美桜をこれまでの演技者としての経歴を振り返るとき、静かな演技のなかで憧れの「マドンナ」であった。あえていえば、『いちばん好きな花』(生方美久脚本、23年、フジテレビ)において、見ず知らずの男女が、偶然が重なって心を通わせるドラマのなかの美容師役。『トリリオンゲーム』のドラマ版(23年、TBS)とその映画版(25年)では、主人公の起業家・目黒蓮と対抗する財閥の令嬢役だろうか。映画版のなかで、ピンヒールを履いてゆったりと歩いて登場する今田こそ、従来のイメージだった。
本作の中園脚本は、ヒロインのぶを「ハチキンおのぶ」と呼ばれる、走るのが早い少女(子役時代・永瀬ゆずな)と設定した。ハチキンとは高知弁で男勝りを意味する。今田はことあるごとに全速力で走る。スターは動きが必要である。それにともなって表情も変化して観る者を揺さぶる。
ちょっと脇道にそれる。「金髪の美女に恐怖を味わわせる」といわれた、ヒッチコック監督は、『裏窓』(1954年)でグレース・ケリーを妻殺しの男の部屋に忍び込ませ、『鳥』(1963年)では鳥に襲われたティッピ・ヘドレンを走らせた。『北北西に進路を取れ』(1959年)では、エヴァ・マリー・セイントを主人公のケーリー・グラントとともに歴代大統領4人の顔が岩に刻まれた巨大なモニュメントのセットを、追手から逃げるために崖から落ちないように、上に下に横に移動させる。