2024年11月22日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2023年2月7日

NIMBY問題

 これまで紹介した風評被害は事件や事故の発生が発端だったのに対して、海洋放出はまだ起こっていない点が大きく異なる。これはNIMBY問題(Not-In-My-Back-Yardの略)あるいは迷惑施設問題と共通点がある。

 例えばごみ処理場は地域にとって必須だが、すべての住民が「わが家の近くには作ってほしくない」と主張する。全体の利益のために一部が被害を受けるときに、どのように解決するのかという難しい問題だが、事前に時間をかけて十分に検討できる点で事件や事故の事後対策とは異なる。

 一つの典型例が、使用済み核燃料の再処理を行う核燃料サイクル施設を受け入れた青森県六ケ所村だ。県が20年に発表した「1人あたり市町村民所得」では、県全体の1人あたり所得が256万円だったのに比べて、六ケ所村は施設関連事業などが地域経済を押し上げた結果、6.5倍の1656万円だった。

 迷惑施設の受け入れには、被害を何らかの方法で補償して納得を得ることが必要だ。もちろん、安全の確保が大前提である。

 海洋放出については、15年に政府と東京電力は福島県漁連に対して関係者の理解を得ることを約束したが、漁連は反対の態度を変えていない。現状を見ると、原発事故前の福島県の海面漁業生産額は200億円前後だったが、事故後は3分の1程度に激減し、現在は100億円程度まで回復している 。この状況が海洋放出でどのように変化するのかが問題である。

 21年に経済産業省は、風評被害が発生するという前提で、その対策として水産物の販路拡大や一時的な買い取りを支援する基金300億円の予算を計上した。翌22年に経済産業大臣は全漁連に改めて「超大型の基金創設」の意向を示した。政府はこれを300億円の基金を指すと説明したが、全漁連はこれとは別の基金であると主張し、結局、政府は追加の500億円を予算化し、基金は合計800億円になった。

 これは漁業全体に対する対策だが、実際に風評被害が発生した時には個々の漁業者に対して東京電力が補償することになっている。

風評被害を防止するために

 風評被害の構図と照らし合わせると、第1段階の安全の確保は確立している。また万一風評被害が発生した時の補償対策も準備されている。そして海洋放出までにはまだ時間がある。その実施までに第2段階のメディアや小売店の理解、そして第3段階の消費者の理解を得る努力をさらに続けることで、被害は防止できるはずである。

 そのような考え方から風評被害対策を検討した20年の経済産業省「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会報告書」 は、情報を正確に伝えるためのリスクコミュニケーションと、風評被害防止・抑制・補てんのための経済対策の拡充・強化を基本方針としてこれを実施してきた。そしてその成果が表れている。

 政府が2月2日に発表したインターネット調査の結果では海洋放出に賛成が46%、反対が 23.8%、「わからない」が30.2%だった。風評被害の有無の決定権を持つ6~8割の消費者の一部が賛成側に移動し、風評被害の防止に向けて世論が動いていることが示されている。

 風評被害防止のカギを握る消費者を始めとしてすべての関係者の理解と協力を願っている。

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