2025年5月13日(火)

大阪 自由都市を支える“民の力”

2025年4月28日

 「人類の進歩と調和」とは、1970年に大阪で開催された「日本万国博覧会」(70年万博)のテーマである。あれから55年。「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博=25年万博)」が開幕した。

入場者数約6400万人を誇った1970年の「日本万国博覧会」。アジアで初めて開催された国際博覧会だった(Peter Bischoff/GETTYIMAGES)

 これまでに25年万博を巡っては、会場建設の遅れや軟弱地盤の問題、チケット販売の不振など、様々な課題が報道されてきた。

 こうした報道は今回だけに限らない。05年に開催された愛知万博でも同様であったことを記憶している読者がいるかもしれない。しかし、愛知万博はふたを開けてみれば目標の1500万人を上回る約2200万人が来場し、大成功を収めた。

 25年万博の予想来場者数は約2800万人、結果は神のみぞ知るだ。

 ただ、誘致決定時から会場建設費は膨らみ続け、当初予定の約2倍にあたる最大2350億円となった。国、大阪府・市、民間企業がそれぞれ3分の1を負担するとしており、貴重な税金も使われる。そのため、入場者数増の努力は欠かせない。

 ただ、数字ばかりに固執しすぎて、本来の目的を見失うべきではない。

 そのことを50年以上前に喝破していた人がいる。70年万博に深くかかわった、日本を代表するSF作家・小松左京である。

 「万国博自体は(中略)いろんな矛盾を解決する知恵と技術を発見するための手段であって、それ自体が目的なのではない。

 私たちの目的は、あくまで、人類全体のよりよい明日を見出すこと、矛盾を解決し、よりいっそうゆたかで、苦しみのすくない世界をつくりあげて行くことであって、万国博はそういう目標にそった情報の、世界的な交流の場として、つくられなければならない」

 左京は『大阪万博奮闘記』(新潮文庫)の中で、こう指摘している。

 高度経済成長期に開催された70年万博には、太陽の塔を制作した岡本太郎、会場設計や全体プロデュースを担当した建築家の丹下健三、「人類の進歩と調和」というテーマの考案には、左京のほか、文化人類学者の梅棹忠夫など、日本を代表する様々な分野の専門家が携わり、入場者数は約6400万人に達した。まさに日本にとって、一大イベントだった。


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