「霍乱(かくらん)」は夏の季語で、夏に生ずる下痢や嘔吐を伴う体調不良のことを指す。昔は夏に食中毒や日射病(熱中症)でこうした症状が出る人が多かったために季語として定着したと思われるが、食中毒に関してはノロウイルスなど冬に多いものもあり、夏だけとはかぎらない。とはいえ、夏は食中毒を引き起こす細菌が食品中で増えやすく、また夏の疲れで免疫力が低下しているという人間側の事情もあり、春や秋など気候のいい時期に比べて食中毒になりやすいのも確か。
食中毒といえば、日本では魚介類を生で食べることで起きることが多いが、昭和の時代と令和の今では原因が異なっている。どう変わっていき、どう対策を取るべきなのか。振り返りながら見ていきたい。
冷蔵技術の進展でアニサキスが増加
昭和の時代に多かったのは、腸炎ビブリオという海水や魚介類に生息する細菌によるものだ。冷蔵技術が今のように発達していなかった昔は、気温の高い夏は輸送時などに魚介類で菌が急増、これを刺し身など生で食べた人が激しい腹痛や水様の下痢などで苦しんだ。
一方、平成から令和にかけて増えたのが寄生虫のアニサキスによる食中毒だ。アニサキスは、クジラやイルカなど海洋哺乳類の胃の中で成虫になる寄生虫。幼虫がサバやイカなどに寄生し、それを生で食べることで人間の胃や腸にまで行きつき、暴れたり粘膜を突き破ったりすることで激しい痛みを引き起こす。2017年(平成29年)にタレントの渡辺直美さんや庄司智春さんらがアニサキス食中毒となり、激痛に襲われたことをSNSで報告したことで広く知られるようになった。
アニサキスが増えた背景にはなんといっても冷蔵技術の向上がある。例えばサンマ。傷みが早いので昔は東京でサンマの刺し身を売っているのを見たことがなかったが、不漁の年は別にして、今では季節になると普通にスーパーで売られている。
冷凍を解凍したものでなく、新鮮なものを冷蔵して運んできたものだ。日本中どこにいても漁港近くの町と同じように、冷凍していない魚の刺し身が食べられるのはうれしいことだが、その結果、アニサキスの食中毒が増えてしまったわけだ。
厚生労働省の統計(食中毒発生状況)によると、アニサキスを原因とする食中毒は22年(令和4年)には食中毒全体の約6割を占める566件と10年前の約9倍で、原因物質ではダントツの1位。一方の腸炎ビブリオは1998年(平成10年)の839件をピークに減り続け、22年(令和4年)は0件。腸炎ビブリオの減少は冷蔵技術の向上もあるが、01年(平成13年)の食品衛生法改正で生食用魚介類に対する規格・保存基準を制定したことが大きい。
では、増加を続けるアニサキスへの対策はないのだろうか。もちろんある。それは魚介類を加熱か冷凍することだ。
日本と同様に魚を生食するオランダでは、すでに50年も前に酢漬けなどで生食するニシンについて「マイナス20度以下で24時間以上の冷凍」を法律で義務付けた。これによりアニサキスによる食中毒は激減、今ではほとんどないようだ。これだけ効果があるのだから、日本でも冷凍を義務付けてはと思うが、アニサキスによる食中毒では死者が出ていないこともあり、こうした議論は出てこない。