2024年4月19日(金)

オトナの教養 週末の一冊

2013年12月27日

 原田先生は、決して声高にスローガンを口にしたりはしない。白と黒でものごとを決め付けたりはしない。ただひたすらに現場に行き、目にして耳にした患者と家族の声を率直に受けとめ、世に伝えようとしてきたのである。

 そんな原田先生が磁石のように問題の中心にいたからこそ、水俣病をはじめとする戦後日本の社会問題は多くの耳目を集め、共感を得るにいたったのではないか。

「最初」の「生き証人」の生の「語り」に
いま一度耳を傾ける

 私の手元には、2006年の取材時に先生にサインをしていただいた『水俣学講義』(原田正純編著、日本評論社)がある。

 原田先生の提唱した「水俣学」は、先生ひとりの仕事としてではなく、水俣病の患者や被害者、そして彼らと共に歩む研究者や地域住民などとの仕事の集大成として、成立している。

 「公害被害を出発点としながら、その経験から未来を考えていくものにほかならない」と、花田センター長。その思想は、原田先生の「肉声」が聞こえるかのような本書を読むと、さらにくっきりと見えてくる。

 <初期の患者さんたちは単に、「有機水銀の影響を受けた」という話じゃないですよ。偏見もあったし、差別もあったし、社会的にも政治的にも、いろんな意味ですごい被害を受けている。(中略)苦労された患者さんたちのこと、家族のことを忘れてもらいたくない。だけど、初期の話というのは、だんだん記憶が薄れていきますから。それに、最初のころの患者さんはおおぜい亡くなっておる。だから、ぼくの役割はそこにもあるんですよ。>

 <これはやはり、生き証人として、大事な人たちとぼくが語って残しておかんといかん。「それが最後の仕事かな」っていう思いがあるんです。別に責任感とか、そういう大げさなものじゃなくてね。ちょっと手前味噌だけど、歴史に残る証言だと思うんです。>

 本書冒頭の「対話にかける思い」で原田先生が強調しておられるように、人づての記録ではなく、「最初」の「生き証人」の生の「語り」にいま一度耳を傾けること。それこそが、水俣病を歴史に押し込めるのでなく、未来へつなげる糧とするのに必要な手順なのだと思う。

 それにしても表紙の原田先生、いい笑顔です!


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