2024年9月5日(木)

BBC News

2024年9月5日

ニック・ビーク欧州特派員(ウクライナ北東部)

この72時間、私たちの頭上をブーンという威嚇的な音が飛び交っている。ロシアの自爆攻撃型ドローン(無人機)だ。通り過ぎたかと思うと、標的に襲いかかる。

今度は、ウクライナの無人航空機が発するブンブンという音が聞こえる。こちらは人を殺すためではなく、訓練地からの映像を基地にいる司令官へ中継するために送り込まれたものだ。

私たちはウクライナ北部チェルニヒウ州にある、秘密の訓練場に案内された。この場所でウクライナの新たな部隊は訓練を受け、急ピッチで戦場へと送られていく。ロシア軍による激しい前進を鈍らせるための新たな取り組みだ。

そして、機関銃の発砲音や教官の命令が飛び交う中で最も印象的なのは、新兵たちの年齢だ。大半が40代や50代のように見える。

1カ月前は運転手

白髪交じりの部隊員の1人がロスティスラフさんだ。オデーサ州の自宅では、妻と2人の子供が彼の帰宅を待ちわびている。

1カ月前は運転手だった。そして来月にはロシア領内で戦っているかもしれない。ロスティスラフさんはそういう状況にある。ウクライナは8月初めに開始したロシア西部クルスク州への越境攻撃で掌握したロシア領土の維持を誓っている。

「これは正しいことだと思う」と、ロスティスラフさんはクルスク州での作戦について語る。

「彼ら(ロシア)がどれだけ長い間、私たちの領土にとどまっているかを考えてみてほしい。私たちはあまりにも長い間、苦しみ続けている。何かやらなければいけない。ロシアが私たちの領土を占領しているのを、ただそこに座って見ていることはできない。じゃあ、どうするのか? 奴らの奴隷になるのか?」

ロシアは膨大な数の兵士を前線に投入している。それに対処しようと、ウクライナは新たな入隊者の訓練計画を加速させている。私たちが目撃した訓練のスケジュールがそのことを示している。

イギリス国防省は、ウクライナ侵攻におけるロシア兵の死傷者数が5~6月の2カ月間だけで7万人に達したと推計している。

焼けつくような日差しの中で、ウクライナの新兵たちはアメリカ製の装甲戦闘車両に飛び乗ったり降りたりして、敵陣地への射撃を想定した訓練を受けている。

ウクライナ軍は、この秘密の訓練場がどこにあるのか敵に知られることを心配している。そのため、今回の取材で撮影した映像をBBCニュースが報じる前に、確認させてほしいと申し出があった。ただ、原稿には目を通しておらず、編集にも一切関与していない。

近くの森林地帯では、ウクライナの塹壕に対してロシアが仕掛けていると想定した模擬攻撃を、新兵らが撃退している。手りゅう弾を使った訓練ではドーンという音が鳴り響き、平原を震わせている。

戦争が始まって2年半が経過した。ウクライナはさらなる兵力を求めて、男性の徴兵年齢を27歳から25歳に引き下げる、兵士動員に関する改正法を施行した。女性には徴兵義務はない。

若者を徴兵しようとするこうした意欲は、私たちが取材したこの男性部隊には及んでいないようだ。

ここの新兵たちはみな、すでに30日間の基礎訓練を受けている。そしてこの日は、イギリスから届いた医療品を使って骨折や銃撃によるけが、危機的な出血に対処するための、より高度な治療を学んでいる。

あちこちで新兵たちが止血帯を巻いてみるが、明らかにゆがんでしまっている。これまでの重苦しい空気を断つ、心が安らぐ瞬間だった。

しかし、今ここで、トウヒの木陰で試している救急医療が、今後数週間から数カ月のうちに厳しい現実の中で行われる可能性があるという事実から逃れることはできない。

未熟な新兵の前線投入

訓練場へ向かう私たちに同行した兵士は、十分な戦闘技術を身につけていない新兵は前線には送られないだろうと話す。

「私たちは、彼らを死に追いやるつもりはない」と、この兵士はつっけんどんに言う。

それでも私たちのもとには、新兵が十分な訓練も受けずに戦線に送られ、早々に前線での戦闘に立たされているとの不満の声が、特に職業軍人たちから届いている。

ウクライナは国内の戦場における重要な地域、特に東部ドネツク州の戦略的に重要な街ポクロフスク周辺で劣勢に立たされている。

そうした中で、先月始まったロシアへの越境攻撃は士気を高め、この戦争に新たな局面をもたらしている。

さらにウクライナは、別の戦線でも戦闘を繰り広げている。ゼレンスキー大統領にとってこれは、大きな賭けだといえる。

ゼレンスキー氏率いるウクライナ軍の将官たちは、新兵をどの場所へ送り込むのかという戦略的な難しい決断を迫られている。

建設業が本業のマキシムさん(30)は、この集団の中で一番若いように見える。

「私たちに必要なのは訓練、訓練、また訓練だ。ここで訓練を受ければ受けるほど、多くを学べる。それが前線では役立つはずだ」

その前線とはどこのことか、と私は尋ねる。「ドンバス地方でもクルスク州でも、自分たちの領土を守る準備はできている」と、彼は誇らしげに、しかし緊張した面持ちで笑いながら答える。

ロシア越境攻撃の第1陣

私たちはここに来る前、ロシア国境から数キロにあるウクライナ北東部スーミ州のウクライナ軍の新たな基地へ、軍の護衛に守られて向かっていた。

その途中では、ロシア軍の砲撃で粉砕された道路を通り過ぎた。

民間人はもうとっくにいなくなっていた。残っていたのは、緑色の服に身を包み、軍用車両を運転する軍人だけだった。

キャンプに到着すると、クルスク州への越境攻撃から戻ったばかりの装甲兵員輸送車(APC)がごう音を立てて動き出し、窪地から後ろ向きに飛び出してきた。

APCは旋回し、あかがね色の砂ぼこりをまき散らしながら木々が生い茂る道を走り去っていく。

「投降したロシア兵は捕虜にした。攻撃してきたロシア人は殺害した」

「ストーム」というコールサインで知られるウクライナ人司令官は率直に、簡潔に言う。

彼の率いる第22機械化旅団はロシア領内に最初に侵入した部隊だ。今はここに戻り、その時の様子を説明する。

「我々はクルスク州の深部へ到達した。前方部隊は我々だけだった。異国の地に立ち、自分たちは外国人なのだと感じた。ここは故郷ではないのだと」

五つの学位を持つ、5人の子供の父親である「ストーム」司令官は、うっそうとした森の中で独特の影を落としていた。

彼は白髪交じりのあごひげをたくわえた大男だ。軍服と防弾チョッキで覆われていない肌には軍人であることを示すタトゥーが入っている。

「これが、あそこ(ロシア領内)に入った時の私たちだ」と、携帯電話に保存された動画を見せながら説明する。動画には、1台のAPCがロシアの田園地帯を駆け抜ける様子が映っている。

ロシアの領土でロシア人と戦うというのはどういうものだったのか、と私は尋ねる。

「私は自分のこと、自分の部隊のこと、(ウクライナの)軍人のこと、そしてみんなのことが心配だった。当然、恐怖心はあった」

命じられればモスクワにも進軍

「ストーム」は当然のことながら、ロシア軍にとって役に立つかもしれない作戦の情報は教えたがらない。これは、私が会った全てのウクライナ兵と同じだ。

そのため、彼に質問をすると予想通りの答えが返ってくる。次にロシア領内へ戻ったら、どれくらいの間そこにとどまることになるのか知っているかと尋ねた私に、彼は愛国心についてはたっぷりと語り、具体的なことについてはほとんど触れないのだ。

「我々は命令を果たしている。命じられただけそこにとどまる。前進しろと言われれば前進する。撤退しろと言われれば撤退する」

彼は同じ調子でこう続ける。「前進命令が出れば、モスクワに行くことだってできる。そして、ウクライナが何を意味するのか、我々ウクライナ兵がどんなものなのかを示すことになる。本当のコサックがどんなものかを」。(※編集部注=「コサック」はテュルク語で「自由の民」の意味。15世紀後半ごろに形成されたとされる、戦時に武装して戦士になる農民集団)

ウクライナは急速な前進作戦の一環として、最大1万人の精鋭部隊をロシアに送り込んだと報じられている。

一方でロシア国防省は、ウクライナ側で数千人の死傷者が出たと主張している。

ウクライナ軍トップのオレクサンドル・シルスキー総司令官は、ロシアはクルスク州の防衛のため3万人規模の部隊を派遣していると発表した。これらの数字が正確か検証するのは困難だ。

「理由がない戦争を終わらせたい」

ウクライナ側の、別の秘密の場所では、ドイツ製装甲回収車「ベルゲパンツァー」から一つの部隊が這い出てきた。

この車両を操縦するのは、「プロデューサー」というコールサインで知られる、2人の子供の父親だ。子供たちとは3年間会えていないという。

2022年2月にロシアの全面侵攻が始まってから数週間後に、子供たちは母親と一緒にイタリアへ逃れた。

ウクライナ側がどの程度の損失を被っているのかを確認することはできない。しかし、「プロデューサー」がロシア国内で損傷したり破壊されたりした車両を自国へ運び戻すのに忙しくしているのは明らかだ。

「この戦争を終わらせたい」と、彼は疲れ果てた様子で、流ちょうな英語で私たちに言う。

「これ(この戦争)には理由がないからだ。ウラジーミル・プーチンという一人の男が私たちの国を攻撃した。では私たちは何をしなければならないのか? 祖国を守らなければいけない。守って、守って、守り抜かなければ。だけど、ウクライナの方が国としては小さい」

軍事力の差をどう埋めるのか

ロシアとウクライナの軍事力には開きがあり、ゼレンスキー大統領が西側諸国に大きな支援を求め続ける主な理由となっている。

ウクライナは戦闘をロシア領内へと持ちこみ、国民を奮い立たせた一方で、プーチン氏の対応や紛争拡大を恐れる一部の友好国を不安にもさせた。

これまでのところ、プーチン大統領は少なくとも公には、自国が負った傷についてはほとんど黙殺している。

ウクライナはというと、ロシアとは違い、前線に投入するために招集できる予備役が無限にいるわけではないとしている。

私たちが直接この目で、過去1週間に訪れた複数の場所で垣間見たのは、ウクライナの部隊配備におけるジレンマだった。

ゼレンスキー大統領は、防空におけるアメリカと欧州のいっそう強力な援助が、かつてないほど不可欠になっているとし、ロシア領のさらに深部への攻撃に外国製の長距離ミサイルを使用することを緊急に許可する必要があると訴えている。

ウクライナ国内とロシア側で戦闘をしているこのタイミングでは、なおさらだろう。

私たちが訓練場を出ると、疲れ切った兵士たちが地面でだらりとしていた。多くは水の入ったボトルとたばこを手にしていた。

オデーサに帰ることを切望しているロスティスラフさんは、ゼレンスキー大統領の主張はまったく正しいと考えている。

「ロシア軍は長距離兵器で私たちの領土に到達できるが、私たちにはロシア領土に到達するような兵器がない。もう我慢の限界だ」と、ロスティスラフさんは言う。

「この汚い戦争を終わらせるために、私たちはモスクワを攻撃したい。子供たちや民間人が苦しんでいる、誰もが苦しんでいる」

乾いた訓練場にまた、携行式ロケット弾(RPG)のごう音が響く。

次に飛んでくる時は、訓練ではないかもしれない。

追加取材:カイラ・ヘルマンセン、アナスタシア・レフチェンコ

(英語記事 Meeting the Ukrainian recruits preparing for new battle

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cgjvx3v0eljo


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