ジョージーナ・ラナード科学担当記者
アメリカの富豪で実業家のジャレッド・アイザックマン氏と米宇宙開発企業スペースXのエンジニア、サラ・ギリス氏が12日、民間人として世界初の宇宙遊泳に成功した。宇宙遊泳は宇宙空間で最も危険がともなう活動の一つとされる。
スペースXの「ポラリス・ドーン」ミッションには、アイザックマン氏、ギリス氏ら4人の民間人が臨んだ。4人を乗せたカプセル型の宇宙船「ドラゴン」は10日、スペースXのロケット「ファルコン9」で打ち上げられた。滞在期間は5日間の予定。
宇宙船は最大高度1400キロメートルまで上昇。1970年代の米航空宇宙局(NASA)のアポロ計画以降で、有人宇宙船としては最も地球から離れた地点に到達したという。
「完璧な世界」が見える
アイザックマン氏とギリス氏は特別仕様の宇宙服を着用し、英国夏時間(BST)12日午前11時52分(日本時間12日午後7時52分)から約15分間隔で宇宙船の外に出た。
地球を見たアイザックマン氏は、「(地球に)戻ったら皆やるべきことがたくさんあるが、ここから見る地球は間違いなく完璧な世界に見える」と述べた。
「ポラリス・ドーン」ミッションはアイザックマン氏が出資した。
これまでに宇宙遊泳を達成したのは、政府が出資する宇宙開発期間の宇宙飛行士だけだった。
青い地球の上空高度700キロ付近の宇宙空間に浮かぶ宇宙船「ドラゴン」から民間人2人が出てくる様子は生中継された。
最初に船外に出たアイザックマン氏は、手足をくねらせて宇宙服の状態を確かめた。同氏がハッチの中に戻ると、今度はギリス氏が船外に出た。
2人はそれぞれ、自分の宇宙服が船外でどのように機能しているのかを説明するなど、宇宙遊泳の状況を伝えた。
「従来と異なる」宇宙遊泳
宇宙遊泳は当初、英国夏時間(BST)12日午前7時23分(日本時間12日午後3時23分)に予定されていたが、同日になって遅い時間に変更された。
エアロック(気圧の異なる宇宙空間と船内の圧力差を調整する機能を持った出入り口として使用する通路あるいは小部屋)のない宇宙船のハッチを開ける準備をクルーが進める中、機体と緊張が高まっていた。
4人のクルーは、気圧の変化で生じる深刻な健康被害「減圧症」になるのを防ぐ手順「プリブリーズ」を2日間かけて行った。これは体内に溶け込んでいた窒素成分を体外へ追い出すためのもの。
その後、宇宙船は減圧され、宇宙空間の状態に近づいた。
今回のタイプの宇宙遊泳は、国際宇宙ステーション(ISS)などがこれまでに行ったものとは「まったく異なるアプローチ」を取っていると、英オープン大学のシメオン・バーバー博士は述べた。
ここ数十年の間、宇宙飛行士はエアロックを使用していた。しかし、スペースXの宇宙船「ドラゴン」は事実上、全体が宇宙空間にさらされた状態だった。
「これは本当にエキサイティングで、スペースXが従来と異なるやり方を恐れていないことを、改めて示していると思う」と、バーバー博士はBBCニュースに語った。
しかし、大きなリスクがなかったわけではない。
アイザックマン氏は、クルー4人の中で唯一、過去に宇宙へ行った経験のある人物だった。
アイザックマン氏は親友で元空軍パイロットのスコット・「キッド」・ポティート氏、スペースのエンジニアのアナ・メノン氏とギリス氏と臨んだこのミッションで指揮官を務めている。
宇宙船「ドラゴン」は過去に46回打ち上げられ、合わせて50人のクルーを宇宙空間に運んでいる。ただ、この宇宙船やアイザックマン氏らの宇宙服は規制の適用外とされ、今回のミッションの環境下で機能するかどうかテストは実施されなかった。
宇宙遊泳は宇宙空間での活動で最も難しいものの一つ。民間企業による成功は、宇宙飛行の歴史において画期的な出来事といえる。
アイザックマン氏らは地球の上空高度700キロ付近で宇宙遊泳をした。これは、過去の宇宙遊泳の高度よりも高い。
船外活動(EVA)用宇宙服には革新的な技術が用いられた。
スペースXの従来の船内活動(IVA)用宇宙服をグレードアップしたものだという。
EVA用宇宙服には、見る人の視野に重ねて画像を映し出す「ヘッドアップディスプレイ(HUD)」を装備したヘルメットが組み込まれ、使用中に宇宙服に関する情報を得ることができる。
ギリス氏は宇宙遊泳中にHUDからのデータを読み上げていた。
スペースXによると、この宇宙服には宇宙船の打ち上げ時と着陸時にも着用できるほどの快適性と柔軟性があり、IVA宇宙服を用意する必要はないという。
追加の窒素タンクと酸素タンクも装備されていた。
4人のクルーは全員、この宇宙服を着用した。つまり今回のミッションで、真空状態の空間に同時に滞在した人数の最多記録を更新したことになる。
政府が出資するNASAなどの宇宙開発機関は、宇宙飛行士を民間企業に宇宙に運んでもらい、宇宙飛行のコストが下がることを期待している。
そして、アイザックマン氏やスペースXを所有する米富豪イーロン・マスク氏ら起業家は、より多くのアマチュア宇宙飛行士が宇宙へ行けるよう、民間宇宙飛行の規模を拡大したいと考えている。
今回のミッションは象徴的な大きな前進だ。しかし、そのコストは依然としてとてつもなく高額で、彼らの思い描く日が訪れるのは、まだ当分先になるだろう。