2024年10月11日(金)

2024年米大統領選挙への道

2024年9月6日

 米国では大統領選挙におけるテレビ討論会は、一大イベントである。民主・共和両陣営共に支持者が集まって視聴する「ディベート・ウォッチ・パーティー」なるものが、全米のそこここでのレストランやバー、支持者の自宅などで開かれる。筆者が大統領選挙運動におけるコミュニケーションを研究するためにオバマ陣営に参加したとき、そのパーティーの1つに出席した。

 パーティー会場では、大統領候補同士の討論会から気がそれないように、工夫されたビンゴゲームが行われた。バラク・オバマ候補(当時)が、選挙戦で訴えてきたキーワードが印刷されたカードが配布された。例えば、「変化」「希望」「前進」「オバマケアー(手ごろな医療保険)」「ドリーマー(親に連れられて不法に米国に入国し、長期滞在が許可された子供)」などの文字が印刷されており、オバマがテレビ画面でこれらのキーワードに言及すると、そのキーワードの文字を押して穴をあける。

会場は「リーチ!」や「ビンゴ!」と叫ぶ支持者で盛り上がった。伝統的な米大統領選挙の「お祭り」と、選挙における一体感を醸成するものであると、筆者は興味深く観察していた。

 現在、ハリス陣営は激戦州7州を中心に、ディベート・ウォッチ・パーティーを企画し、支持者にメールを送り、パーティーのホスト役を募集している。仮にハリス陣営がビンゴゲームを行うなら、「自由」「検察官」「重罪犯」「中流階級」「未来」「過去」「プロジェクト2025」などのキーワードがカードに印刷されるだろう。

 以下では、カマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領(以下、初出以外敬称および官職名略)の間で、どのような政策論争が交わされるのか、政策別に両氏の討論の展開を予想してみる。その上で、勝敗を決める要因について述べる。

 その前に、今回のテレビ討論会のルールの1つである「マイク消音」に関して、ハリス陣営とトランプ陣営の間で熱い議論が交わされたので、そこからみていこう。

(REUTERS/AFLO)

なぜマイクの「オン」と「オフ」にこだわったのか?

 米有力紙ワシントン・ポストによれば、ハリス陣営はトランプが討論をしている最中も含めてマイクは常時「オン」、トランプ陣営はハリスが討論をしているときは、トランプのマイクは「オフ」を要求した。

 6月27日に行われたジョー・バイデン大統領とトランプのテレビ討論会では、バイデン陣営はバイデンが発言をしているとき、トランプが介入をしないようにマイクを「オフ」にするように提案したのに対して、今回、ハリス陣営は逆の立場をとったのだ。一体、どのような狙いがハリス陣営とトランプ陣営にあったのだろうか。

 ハリス陣営はハリスが討論をしているとき、トランプが発言をして妨害をすれば、有権者に対して「トランプは大統領らしくない」という印象を与えることができる。2020年米大統領選挙における副大統領候補同士のテレビ討論会において、マイク・ペンス副大統領(当時)がハリスの発言の最中に割り込むと、ハリスがペンスに顔を向けて「今、私が発言しています」と言い返す場面があった。この場面が繰り返し放送され、ペンスは副大統領らしく振る舞わなかったという印象を有権者に与えてしまった。

 トランプはマイクの消音に関して、「どちらでもよい」と述べたが、トランプ陣営はトランプが90分間、政策論争に徹することができるとは考えていないだろう。必ずハリスに対する誹謗中傷が飛び出すとみているのだ。

 故に、トランプを大統領らしく見せるために、ハリスが議論している間はマイクをオフにした状態にする必要がある。ハリスが意見を述べているとき、例えば「違う!違う!違う!(Wrong!Wrong! Wrong!)」というような内容を否定するトランプの言葉をマイクが拾えば、選挙の勝敗の鍵を握る無党派層や郊外に住む女性有権者は、大統領らしく振る舞うことができないトランプに対して、好印象を確実に持たないだろう。裏返せば、ハリス陣営はマイクを常時「オン」にして、ハリスの発言中の彼女に対するトランプのルールを無視する否定的な言葉を有権者に聞かせたいのだ。

 結局、ハリス陣営は相手の発言中は、マイクを「オフ」にするというトランプ陣営の意向を受け入れた。トランプ陣営はコイントスでも勝って、最終弁論で有利な後攻を選んだ。

  ハリス陣営が不利な条件で妥協した理由は、テレビ討論会の開催は米国民にとって有益であり、政治的な駆け引きよりも重要であると判断したからであると言われている。

 ハリス陣営は、今回のテレビ討論会の形式は、トランプを守ってしまうと討論会を主催するABCニュースに書簡を送った。同陣営は、討論会の形式がトランプに有利であるという印象を有権者に与える戦略に出た。

「検察官対重罪犯」

 これまでハリスは選挙集会を行う度に、自分のバックグラウンドが検察官である点を強調してきた。そして、ニューヨーク州地裁で元不倫相手に対する口止め料を弁護士費用として帳簿を改ざんした件について、34の罪全てで「重罪犯(felon)」になったトランプと対決する決意を示してきた。 

 さらに、ハリスはトランプが設立した不動産セミナー「トランプ大学」における授業料詐欺疑惑や、元女性作家に対する性的暴行を巡る名誉棄損に対する賠償金命令も追及する。

 実際にハリスはこれまでの選挙集会の演説で、「トランプ重罪犯」をクローズアップしてきた。今回のテレビ討論会で、元検察官のハリスが、トランプの「犯罪」を主軸に、彼を「重罪犯」「詐欺師」および「性的暴行者」に描き切れるのかが最大のポイントになる。前回の討論会でバイデンが、トランプを「重罪犯」と呼んだとき、トランプは即座に、不法に銃を所有して有罪判決を言い渡された次男ハンターを持ち出して反論した。これに対して、バイデンは効果的な再反論ができなかった。

 この様子を観て、ハリスは今回の討論会に備えて、すでに2回模擬討論を行っていると、9月3日(現地時間)米ABCニュースは報じた。その際、2016年米大統領選挙でトランプと討論をしたヒラリー・クリントン元国務長官のコミュニケーションアドバイザーであったフィリップ・ライネス氏をチームに加えて、練習をしたと言う。ライネスはトランプの討論の特徴に基づいて、ハリスが勝てるようなアドバイスをしたと考えらえれる。

 ちなみに、ハリスが陣営に上級顧問として雇った元オバマ陣営の幹部デービッド・プラフ氏は、2008年米大統領選挙でオバマ陣営の選対本部長を務めた人物である。プラフは、回顧録の中で「オバマ対マケイン」のテレビ討論会に向けて、本番と全く同じサイズの演台や、相手役を選び討論の練習をオバマにさせたと明かした。練習の開始時間も、本番と同じ時間に合わせたと言う。

 今回の討論会で、ハリスがトランプの犯罪を過度に追及すると、傲慢な印象を与えて、却って、マイナスになるという意見があるが、逆にトランプを徹底的に追及しなければ、民主党支持者、民主党寄りの無党派層とハリス支持の共和党穏健派の期待を裏切ることになる。彼らは、ハリスがトランプの最大の弱点である「犯罪」に焦点を当てることに期待しているからだ。

 加えて、ハリスが今回の米大統領選挙では「司法の擁護」が求められていると明確に述べれば、彼女は無党派層や共和党穏健派からもさらなる支持を得ることになる。

 トランプの「犯罪」の他に、ハリスは米連邦最高裁がトランプに「免責特権」を与えた件も取り上げる構えだ。現在、保守派6人(内3人はトランプ指名)とリベラル派3人から構成される連邦最高裁は、米国民からの支持率が低い。

 米連邦最高裁がトランプに与えた免責特権を疑問視するハリスの討論は、無党派層や女性有権者、共和党穏健者の心に響くに違いない。


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