全国平均65%に対して岐阜市は19.5%。県の監査では「申請権を侵害している可能性がある」と指摘されていた。
報道を知った市議会の動きは速かった。
24年3月定例会では、複数の議員が岐阜新聞の報道内容を踏まえた質問がなされた。そのうちの1人、田中成佳市議会議員の質問に、川瀬由紀子福祉部長は、「岐阜県が行った生活保護法施行事務監査の指摘事項については重く受け止めております」と答弁し、職員研修の実施などの対策を進めているとした(議員質問、福祉部長答弁は同市議会のサイトから読める)。
山田さんによれば、質問の前に岐阜新聞社に問合せてきた市議会議員もいたという。
幹部職員の意外な言葉「現地に行ってみましょう」
意外に思う方がいるかもしれないが、一連の報道のあと、山田さんと岐阜市の生活保護担当との関係は悪化しなかった。
「情報公開請求をしたときは、『何に使うのか』と警戒されました。ただ、その後に道の駅のホームレスをテーマにした取材をしていくなかで、岐阜市の幹部職員から『一緒に現地に行ってみましょうか』という言葉という言葉が出たのです」
8月24日の岐阜新聞の1面には、「道の駅、連夜の車上生活 岐阜市が声かけを開始」という記事が掲載された。岐阜市の道の駅「柳津」に集まる車上生活を続ける人たち。車上生活者に声をかけ、さまざまな支援策を紹介する岐阜市の取組である。
第3章では、酷暑の中で車上生活を続けて生死の境をさまよう者や、車を手放すことが嫌で受けない男性が登場する。市職員や民間団体の支援者が手を差し伸べても、すぐにその手を取ることができない人たちの姿が描かれる。
働く人たちに気づきを与える
8月29日、第3章最終回となる記事は、次の言葉ではじまっている。
「いただいた申請は、必ず受け付けないといけないことになっているんです」。
6月に岐阜市役所へ生活保護の申請に訪れた50代女性に対して、窓口の相談員から告げられた言葉である。居住支援法人の担当者や弁護士らは「市役所の対応が変わった」と口をそろえる。
取材を進める山田さんも、市職員の変化を肌で感じるという。
「道の駅で車上生活をしていた人が生活保護につながったことがあります。そのことを聞いたのは、市職員からでした。『声をかけてくれたおかげで、つながりました』と教えてくれたのです」
大量の人事異動があった訳ではない。窓口で受付をしている相談員も、以前のままだという。誰かを悪人にして叩くのではなく、構造の問題を指摘して、そこで働く人たちに気づきを与え、現場を変える。メディアがもつ力を思い知らされる。
山田さんに、これからの展望を聞いてみた。
「取材を通じてみえてきたのが、地方都市における支援体制の脆弱性です。支援したいと考えている人はいるものの、それぞれ点在していてつながりにくい。岐阜の場合は、すぐ近くに名古屋市があります。
もしかしたら、岐阜では生活できずに、名古屋に流れている人がいるかもしれない。名古屋市内の炊き出しに参加して、岐阜の出身の人を探しています」
公式サイトにはメッセージフォームを設けており、当事者や支援者の声を広く募っている。メッセージに寄せられた声を元に取材が始まったこともあったという。
大手メディアにはできない、地域の課題を見抜く取材力。地域ジャーナリズムの底力を感じた。