ジェイク・ホートン、BBCヴェリファイ(検証チーム)
米ソーシャルメディア「X」(旧ツイッター)を所有するイーロン・マスク氏は、7月に共和党の大統領候補ドナルド・トランプ前大統領への支持を表明して以降、11月の米大統領選について大量に投稿している。閲覧数は40億回を越えている。
BBCヴェリファイ(検証チーム)はデータ会社「Node XL」と連携し、支持表明以降のマスク氏のすべての投稿(合わせて8000件以上)を分析するとともに、キーワード検索をして、同氏が2億人のフォロワーに対して最も多く投稿している「選挙をめぐる問題」を追跡した。
その結果、「移民」と「投票」が重要なテーマとして浮上した。マスク氏は「不法滞在者」が今回の選挙で投票するという偽情報を、オンライン上で発信している。
マスク氏はさらに、民主党が今後の選挙で同党に投票してくれる移民を「輸入」しているという主張も繰り返している。
しかし、私たちが投票や移民の専門家たちに取材したところ、専門家たちはマスク氏の言い分に異議を唱える。不法移民がアメリカの連邦選挙で投票することは違法だし、いずれ市民権を獲得したとしても、その手続きには何年もかかるのだという。
不法移民が今回の選挙で投票すると
マスク氏はXへの投稿で、今回の選挙で不法移民がすでに投票しているとほのめかしている。
10月30日には、激戦州ペンシルヴェニアで投票資格のない不法移民が郵便投票を申請できたと事実と異なるうわさがオンラインでとりざたされた際、マスク氏はこう反応した。
「それは本当か?」
地元の選管当局はこのような事実はないと一蹴している。
アメリカ国民ではない人が、米連邦選挙で投票するのは違法だ。違反者には1年の禁錮刑や罰金、場合によっては国外退去が言い渡される。
保守派団体と左派団体の双方が多数の研究を通じて、非市民が米連邦選挙で投票した例は非常に少ないと示している。
トランプ候補への支持を表明した7月以降、マスク氏は民主党の投票者が国外から「輸入」されているとする内容を少なくとも22回投稿している。
投稿の多くは表現があいまいだ。こうした人々が今回の選挙に影響を与えるという意味で発信しているのか、それとも将来の選挙に影響を与えるという意味で発信しているのか、マスク氏の意図は判断できない。
7件の投稿では、こうした人々が激戦州で直接投票に参加すると主張している。
マスク氏は10月20日の投稿で、「複数の激戦州では過去4年間で不法入国者の数が3桁増加した。前例のない規模の投票者の輸入がおきている!」と主張。この投稿は2100万回閲覧された。
同氏はこの投稿に引用するかたちで、2021年以降に「非正規移民」が非常に大きな割合で増加したとする州のリストを共有した。これには、ジョージア、ノースカロライナ、ペンシルヴェニア、アリゾナ、ネヴァダ、ミシガン、ウィスコンシンの7州が載っている。
出典が不明のこの表は、マスク氏がトランプ候補を支援するために設立した政治活動委員会「アメリカ」が投稿したもの。
私たちはこのデータの根拠を見つけられなかった。移民の専門家たちは、2018年から2022年までの各州の推計が記載された米国土安全保障省の最新の報告書を私たちに示した。
これによると、ジョージア、アリゾナ、ノースカロライナを含むいくつかの州では、同時期の「非正規移民」の数は横ばいか減少傾向だった。
バイデン政権下でも、トランプ前政権下でも、これらの州に多数の不法移民が暮らしていた事が示されている。
民主党が将来の選挙で勝つために投票者を「輸入」と
マスク氏は不法移民が市民権を得ることで、将来の選挙で民主党が有利になると繰り返し示唆している。
10月25日の投稿では、「彼ら(民主党)が発表した計画は、(不法移民に)できるだけ早く市民権を与え、すべての激戦州を民主党の地盤に変えるためのものだ。そうなれば、アメリカは一党独裁の真っ青な社会主義国家になってしまう」と主張した。この投稿は1700万回近く閲覧された。
投票や移民の専門家たちはこれをとっぴな主張だと評した。
米国内にいる非正規移民の一部に市民権取得への道筋を獲得させる考えを、民主党は示している。しかし、そのすべてを認めるという政策は表明していない。
シンクタンク「移民政策研究所」のミシェル・ミッテルスタット氏は、「アメリカに到着した非正規移民の中には、市民権取得への道を確保できる人もいが、それには通常10年かそれ以上時間がかかる。その道が開けばの話だ。彼らの多くはそうはいかない」と指摘する。
マスク氏はいくつかの投稿で、米国内の約300万人の非正規移民に恩赦を与えた1986年の移民法改正に言及している。
議会が可決したこの移民法は、当時のロナルド・レーガン大統領(共和党)の署名を経て成立した。これによりアメリカに不法入国した人々に恩赦が与えられたものの、市民権は即座に与えられなかった。
「マスク氏はおそらく、大統領や政権が、個々の定められた法的手続きを経ることなく、非市民の大量帰化を単純に命じることができ、議会や裁判所がそれを単純に受け入れるだろうと想像しているのだろう。実際はそういうものではないのだが」と、保守系シンクタンク「ケイトー研究所」のウォルター・オルソン氏は私たちに語った。
ほかにどんな証拠をあげているのか
10月25日、マスク氏は次のように投稿した。「膨大な人数が激戦州に直接飛んでいき、市民権獲得に向けて急速に進んでいる。投票者の輸入だ」。
約1900万回閲覧されたこの投稿には、起業家マリオ・ナウファル氏が共有した「許容しがたい外国人」と題された図表が含まれていた。
ナウファル氏は未検証の内容を主張したとして、コミュニティノート(X上でユーザーから事実確認のための情報が寄せられるプロセス)で何度か指摘を受けている。
前出の「Node XL」によると、ナウファル氏はマスク氏がX上でここ数カ月間最も交流している人物の1人だという。
82万3000人の「許容しがたい外国人」の出典は不明だ。
この図表は「データの専門家」を自称する匿名のXアカウント「@fentasyl」が言及したものだが、情報源を明かしていない。
ベネズエラ、ニカラグア、ハイチからアメリカに入国する移民が2023年以降、大幅に増加していることが図表で示されている。
これは2023年1月に開始された「人道的仮放免制度」のことを指しているようだ。同制度は、キューバ、ハイチ、ニカラグア、ベネズエラからの審査済みの移民は、米国内に身元引受人がいれば米国内で合法的に生活し就労できるというもの。
この制度のもと、2024年9月末までに53万1000人が入国している。
ただ、彼らには投票権はなく、「市民権獲得のためのファストトラック(簡略化)」の道を進んでいるわけでもない。
彼らは最長2年間の米国滞在が認められている。
この中には、一時的な滞在期間を延長できる、保護ステータスを申請できる人もいるかもしれない。しかし、それが実現したとしても、連邦選挙で投票できるようになるわけではない。
滞在延長資格を得られない人は出国するか、国外退去手続きに直面することになる。
ニカラグア、ベネズエラ、ハイチから人道的仮放免制度でニカラグア、ベネズエラ、ハイチからアメリカに入国する人々には、永住権(グリーンカード)獲得への直接的な道はない」と、「移民政策研究所」のミッテルシュテット氏は指摘する。
「亡命申請することもできるが、その申請には何年もかかるし、認められたとしても選挙権は与えられない」とミッテルスタット氏は付け加える。
米市民になり、連邦選挙での投票権を得るには帰化が必要だ。
合法的な永住権を5年間有しているか、米市民との結婚による合法的な永住権を3年間有しているか、軍属であることが帰化申請の条件となる。
バイデン政権下では2024年8月時点で、330万人の移民が帰化した。
一方でトランプ政権下では約300万人だった。
新たな米市民が民主党の有権者になるという保証がないことも、注目すべき点だ。
最近の調査では、帰化した人の54%が11月の大統領選で民主党のカマラ・ハリス候補に投票すると回答。38%がトランプ候補に投票すると回答した。
私たちはX側にコメントと、マスク氏の主張に対する追加の証拠提出を求めている。
(英語記事 Investigating Musk's far-fetched claim about Democrats importing voters)