11月5日のアメリカ大統領選で、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領と民主党候補のカマラ・ハリス副大統領は、全米50州と首都ワシントンに配分されている選挙人538人の過半数を獲得しなくてはならない。つまり「選挙人270人」が当選ラインとなる。
ほとんどの州では、その州で最も多く得票した候補が、その州に割り当てられている選挙人全員の票を獲得する(選挙人は1人1票)。選挙人の人数は、州の人口に応じて決まる(選挙人の説明はこちら)。
では、両候補が勝つにはそれぞれどの州で勝たなくてはならないのか。
アメリカの州のほとんどで、大多数の住民は選挙のたびに同じ政党を支持する。つまり、ほとんどの州では、どちらの候補が勝つかあらかじめほぼ確定している。
このため、選挙の結果を実質的に左右するのは、それ以外の一握りの州ということになる。
今回の大統領選では、それはこの7州だと言われている。
選挙ごとに振り子のように揺れるため「swing states(揺れる州)」と呼ばれ、激戦州とも呼ばれるこの7州は、地理的に大まかに2つのグループに分類される。
アメリカの南側国境に近い地域は、「サンベルト(太陽地帯)」と呼ばれる。北部や東部にあり伝統的に鉄鋼業や工業がさかんな地域は、「ラストベルト(さびの地帯)」と呼ばれる。
7つの激戦州のうち、「サンベルト」に含まれるのがネヴァダ、アリゾナ、ノースカロライナ、ジョージア。「ラストベルト」に含まれるのが、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルヴェニア。
擁する選挙人の人数は、「サンベルト」ではネヴァダが6人、アリゾナが11人、ノースカロライナが16人、ジョージアが16人。「ラストベルト」ではウィスコンシンが10人、ミシガンが15人、ペンシルヴェニアが19人。
選挙人団の仕組みでは、2州を例外にほぼすべての州で、その州で最も多く得票した候補が、その州に割り当てられている選挙人全員の票を獲得する(例外のメインとネブラスカでは、下院選挙区にも選挙人が割り当てられている)。
歴史的にも世論調査の結果からも、両候補が盤石とされる全ての州でその通りの結果になった場合、ハリス候補はその時点で選挙人226人、トランプ候補は同219人を獲得していることになる。
残る93人の選挙人が、激戦7州に割り当てられている。
つまり、どちらの候補も当選に必要な選挙人270人以上を確保するには、少なくとも3つの激戦州で勝たなくてはならない。
この3つの激戦州にはさまざまな組み合わせがあり得るものの、実現可能性が高い組み合わせと低い組み合わせがある。
ラストベルトの重要性
ペンシルヴェニア、ミシガン、ウィスコンシンの3州は、かつてアメリカ製造業の心臓部だったラストベルトに位置する。
製造業の伝統が根強いこの地域では、有権者の多くは伝統的に労働組合員で、民主党を長年支持してきた歴史がある。実際に過去8回の大統領選のうち7回、民主党が3州とも獲得してきた。
例外は2016年大統領選で、3州は一斉にトランプ候補支持に回った。
そのため今回も過去の動きと同じように3州がまとまって同じ候補を支持すると仮定して、その候補がハリス副大統領だった場合、ハリス氏が次の大統領になる。
他方、トランプ候補が今回もこの3州をそっくり獲得した場合には、少なくともあと1州、激戦州で勝つ必要がある。
この3州でハリス氏が勝つには(全国の多くの州と同様)、都市部とその周辺で黒人、マイノリティー、大卒といった有権者の票を大量に集めるほか、郊外に住む中流階級の有権者(特に白人女性)の支持を固めなくてはならない。
対照的に、ラストベルトにおけるトランプ候補の強みは真逆だ。2016年にこの3州で勝ったのは、都市部以外に住む人たちに支持され、特に農村部で圧勝したからだ。
トランプ候補は今回、農村部でさらに票を伸ばしたい考えで、陣営はこれまで投票したことがないかもしれない若い男性を説得することに注力している。初めて投票する若い男性が大挙してトランプ候補を支持すれば、「ラストベルトの白人労働者階級はトランプ支持」という図式をさらに補強することになる。
不可欠なペンシルヴェニア
選挙人19人を擁するペンシルヴェニア州は、激戦州の中でも特に両候補が必勝の州だ。
もしハリス候補がペンシルヴェニアで勝ち、さらにラストベルトでもう1州勝てば、トランプ候補が勝つには他の激戦5州を全制覇しなくてはならなくなる。
ハリス候補がペンシルヴェニアで勝った場合、激戦州を計3州とっただけで選挙人270人を超える。ネヴァダ州は選挙人6人なので、このシナリオにおいては不十分だが、それ以外の激戦州2州とペンシルヴェニアを合わせれば、ハリス候補の勝利となる。
ハリス候補に重要な州:ペンシルヴェニア
アンソニー・ザーカーBBC北米特派員
これはペンシルヴェニアの大統領選だ。ほかの州は、ただ参加しているだけだ。一部の予測によると、ペンシルヴェニアで勝った候補がホワイトハウス入りする確率は9割以上だという。それくらい、ペンシルヴェニアは大事なのだ。
ペンシルヴェニアはある意味で、アメリカ全体を凝縮したミニ宇宙のような場所だ。民主党が圧倒的に強い大都市があり、共和党を応援する農村部がある。住民の構成も大まかにいえばアメリカ全体によく似ている。新しいIT企業がある一方で、昔ながらの産業もある。エネルギー抽出企業がいる一方で、農家もいる。
ペンシルヴェニアで勝ちたい候補は、ただ同じことをひたすら繰り返すわけにはいかない。両陣営が一番時間と資金と人をつぎ込んできたのが、この州だ。そしてほとんどすべての世論調査は、支持率が完全に伯仲状態だと示している。
サンベルトの重要性
アメリカ南部の各州は「サンベルト」と呼ばれることが多い。理由はおのずと明らかだ。北部よりもあからさまに、暑いからだ。
この地帯には激戦州が4つある。アリゾナ、ジョージア、ネヴァダ、ノースカロライナだ。ラストベルトと同じように、この4州全てで勝てば、ハリス氏が次の大統領になる。
ただし、民主党が4州全てを制覇したのは、1948年のハリー・トルーマン氏が最後だっただけに、この勝利シナリオの実現可能性は低いように思える。
もしもトランプ候補がサンベルトで完勝したとして、当選するには激戦州をあと一つ獲得しなくてはならない。
ただし、民主党と違って共和党は、サンベルト全勝の経験が豊富だ。
公民権法が1964年に制定されてアメリカの政治地図が一変して以降、リチャード・ニクソン、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ、ジョージ・W・ブッシュの各大統領がいずれも少なくとも一度は4州を制覇している。
サンベルトの結果を決める可能性がある2つの人口グループがある。黒人と、ラティーノ(中南米系)の有権者だ。
ジョージアとノースカロライナでは、有権者のかなり大きい割合が黒人だ。ハリス候補は、ジョー・バイデン大統領と同じくらい黒人の支持を確保しようとしている。2020年大統領選でバイデン氏は全米の黒人票の92%を獲得した。ただし、最近の世論調査は、ハリス氏がそこまで黒人票を確保できないかもしれないと示している。
アリゾナとネヴァダでは、人口に占めるラティーノの割合が急速に拡大している。民主党はかつて長いこと、どの州でもラティーノが増えれば自分たちの勝つ確率も自動的に上がるはずだと思い込んでいた。しかし、過去2回の大統領選では大方の意表を突いて、トランプ候補が多くのラティーノ有権者に支持された。「経済に強い」と思われていることが、ラティーノ有権者に特に好感されたようだ。
しかし、トランプ候補が10月末にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開いた大規模な集会で、複数の登壇者がプエルトリコ人やラティーノを中傷し、人種差別的な発言を重ねたことが広く報道されたため、その影響でラティーノ票が減るのではないかと、共和党関係者は懸念している。
トランプ候補に重要な州――ノースカロライナ
トランプ候補は過去2回の大統領選で、ノースカロライナを制した。ハリス副大統領が民主党候補になるまでは、この州は激戦州とみなされていなかった。
もしトランプ候補が今回、ノースカロライナを落とした場合、ホワイトハウスへの道はかなり険しくなる。少なくともラストベルトの激戦州2州と、サンベルトの激戦州1州を確保しなくてはならないからだ。
ノースカロライナが1980年以降に大統領選で民主党候補を選んだのは1度だけで、2008年のバラク・オバマ氏だった。
しかし、州内の黒人有権者がオバマ氏を支持するために投票したように、ハリス氏が同じようにアピールし、最近州内で増えた大卒有権者の票を確保できれば、ハリス氏にも勝ち目はある。
説得できる有権者を求めて
コートニー・サブラマニアン、BBCワシントン支局副編集長
ハリス候補の側近たちは、激戦7州すべてで約10%の有権者はまだ説得可能だと考えている。ほんのささやかな変化でも選挙結果に大きく影響し得る激戦州で、今なお有権者の心や考えを変えることはできると、陣営は考えているのだ。
ノースカロライナで逆転することは、厳しい戦いながらも可能だと、民主党はみている。この州でハリス候補は、都市近郊に住む大卒で共和党支持者ながら、トランプ候補の言動を不快に思う女性たちに向けて、選挙戦を注力してきた。
他方、トランプ陣営はジョージア州とノースカロライナ州は盤石だと自信を強めている。さらに前大統領は、2004年にジョージ・W・ブッシュ氏がネヴァダで勝って以来、同州で勝つ初の共和党候補になるつもりでいる。
歴史の繰り返しとか圧勝とか
少なくとも過去2回の大統領選では(2016年にはトランプ前大統領が勝ち、2020年にはバイデン大統領が勝った)、当選した候補が今回の激戦7州のうち6州で勝っている。
2016年にトランプ候補は、ネヴァダ州をわずか2万7000票差で落とした。2020年にバイデン氏はノースカロライナを約7万5000票差で落とした。ただし、2016年の同州での票差は、ヒラリー・クリントン氏がマイナス10万票だったので、バイデン氏は健闘したと言える。
投票率がわずかにでも違っていれば、それぞれの年でトランプ候補とバイデン候補が激戦州で全勝していた可能性もある。そして今回の選挙でも、その可能性はまだ残されている。
今回の激戦7州でどちらの候補も、決定的に優勢とは言えない。ただし世論調査には誤差があるので、世論調査の結果から見えているよりも、どちらかの候補がリードしている可能性はある。
2016年と2020年がそうだったように、世論調査が今回もトランプ候補の支持率を低く計算しているならば、彼は激戦7州のすべてだけでなく、いくつかの勝利で逆転勝利する可能性もある。
しかしそれと同じくらい、世論調査が投票率を低く見積もっている場合もある。民主党支持者の熱意が激戦州で記録的な投票率につながり、ハリス支持者が大挙して投票するような事態になるとすれば、ハリス氏は2020年のバイデン氏と同じような形で勝利するかもしれない。
世論調査と予測
マイク・ヒルズ BBCビジュアル・ジャーナリズム・チーム
複数の世論調査によると、今回の大統領選は史上有数の僅差で決まる選挙になるかもしれない。しかし、ふたを開けてみればそうではなかった場合、それは予想外の展開なのだろうか?
実はそうとも言えない。世論調査というのは実際、世間が特定の候補をどう思うか、全般的に説明するために設計されているのであって、激戦州の結果を1ポイント未満の範囲で正確に予測するために作られてはいないのだ。
激戦7州における両候補の差は、平均して1ポイント超にすぎない。過去6回の大統領選における州レベルの統計上の誤差は、平均してプラスマイナス4ポイント超だった。今回の選挙の展望を考える際、これは念頭に置いておくといいはずだ。
引き分けだった場合は
全国の選挙人の総数は538人だ。そして、11月5日の投票の結果、両候補が獲得した選挙人はどちらも269人でまったく互角だった――という展開も、いくつか可能だ。
このシナリオで特によく言及されるのが、ネブラスカ州だ。同州でハリス候補は、選挙人を1人だけ獲得すると予想されている。しかし、これが実現しなかったら……という展開だ。
全米でネブラスカとメインの2州だけが、最多得票した候補が州の選挙人を全員獲得するという方式をとっていない。両州では、選挙人の一部を下院選挙区に割り振ることで、選挙区で勝った候補がその選挙人を得るようにしている。
ネブラスカの下院第2区には選挙人が1人、割り振られており、ハリス候補はその1人を獲得するとみられている。もしそれが実現しなければ、民主党がラストベルトの3州を制覇するという勝利への道は、勝利ではなく引き分けに終わる。
この場合に次の大統領を決めるのは、連邦議会の下院だ。憲法修正第12条にもとづき、1州1票で投票する。
この場合に勝つのはほぼ確実に、トランプ候補だ。選挙で勝つ州の数で言えば、毎回ほぼ必ず共和党が勝つからだ。それに対して民主党は過去8回の大統領選のうち7回で、全国の一般有権者から得た票の総数では、勝利し続けている。
予想外の展開は?
ポール・サージャント、BBCビジュアル・ジャーナリズム・チーム
ネブラスカ州の下院第2区を共和党が勝たなくても、選挙人の獲得数で引き分けるシナリオはいくつかある。たとえば、もしもトランプ候補がラストベルトで全勝し、ハリス候補がネヴァダ以外のサンベルトで全勝したならば、2人とも選挙人269人を獲得したことになる。
しかし、この展開はあまり現実的ではない。というのも、もしハリス候補がサンベルトのある南部でそれだけ優勢なら、ネヴァダも勝つだろうと思えるからだ。
同様に、トランプ候補が激戦州のうちミシガン、ペンシルヴェニア、ノースカロライナだけで勝ったとするなら、両候補は引き分ける。しかし、トランプ候補の主張がそれだけミシガンとペンシルヴェニアで受け入れられたなら、ウィスコンシンでも勝つのではないか。
とはいうものの、今回の選挙では世論調査の支持率があまりに拮抗している。それだけに激戦州の投開票は、誰も予想しなかった形で推移するのかもしれない。
執筆・製作:ポール・サージャント、リチャード・モイニハン、マイク・ヒルズ
デザイン:ベータ・イー、オリヴァー・ボスウェル、ケイト・ゲイナー、ジェニー・ロー
開発:ダン・スミス、ジャコモ・ボスカイニ=ギルロイ、ショーン・ハーダーン、プリーティ・ヴァゲラ、ホリー・フランプトン、クリス・アンドリュース
画像:Getty