プーチン氏の主張は、米国が深く関与するNATO、G7、そして民主主義国家間の連携を〝無意味〟だとし、トランプ氏を揺さぶることで、それらの枠組みの足並みを乱す狙いがうかがえる。
トランプ氏は〝一歩を踏み出す〟ことを恐れた
そのうえで、トランプ氏には何を呼び掛けたのか。プーチン氏は、司会者の質問に答える形でトランプ氏が7月、ペンシルベニア州バトラー近郊での選挙集会中に銃撃を受けた事件を回顧し「あの時の彼のふるまいは、強い印象を残した。人間は異常な状況の中でこそ、本来の自分自身を表す。彼は、〝男〟としての自身を示したのだ」と持ち上げてみせた。そして「彼は第一期目では、追い詰められ、さらなる一歩を踏み出すことを恐れていた可能性がある」と語った。
最大限の賛辞のあとの言葉は何を意味するのか。これはほかでもない、第一期目においてトランプ氏がプーチン氏を落胆させた一連の出来事を、いったんは〝リセットする〟と秋波を送っていることにほかならない。
一連の出来事とは何か。第一期目を目指した選挙戦で、強い対露融和姿勢を示しながら勝利したトランプ氏は、政権発足直後から幹部とロシアとの密接な関係が次々と暴露され、「ロシアゲート」と称される状況に陥る。さらに就任からわずか3カ月後には、ロシアが橋頭保とみなすシリアのアサド政権側の基地に、米軍がミサイル攻撃を強行する事態も発生した。
アサド政権が化学兵器を使用したとの理由だったが、プーチン氏は「オバマ政権時より、ロシアとの信頼関係は悪化した」と苦々しく発言した。その後も米露関係に目立った発展はなく、むしろ米国民の反露感情が高まるなか、トランプ氏は1期で政権を去った。そのような事実を〝いったん、脇に置く〟との趣旨の発言だったとみられる。
そのうえでプーチン氏は「就任前であっても、トランプ氏と会談する用意がある」「(対中国、ロシアの)二重封じ込め政策をやめるべきだ」「ボールは米国側にある。われわれは、米国との関係を破壊してはいない」などと矢継ぎ早に重要発言を行った。
甘言を織り交ぜて、ロシアのペースで相手を交渉に引きずり込もうとする、国家保安委員会(KGB)の工作員だったプーチン氏の真骨頂ともいえる立ち振る舞いだ。
ただ、プーチン氏の誘い水に乗ることが米国の国益に直結すると考えることは幻想だ。プーチン氏の狙いはウクライナを奪うことだけではなく、民主主義を標榜する各国の価値観外交を混乱させ、独裁的なロシアの政治体制をさらに盤石にすることにある。
トランプ氏がそのようなプーチン氏の姿勢を本心でどう評価しているのか。今後の進展が注目される。