演説の多くの部分で既存の西側の指導者や国々、北大西洋条約機構(NATO)を批判するなど、西側の足並みの乱れを誘う意図も鮮明だった。演説と、その後の質疑応答は約4時間にも及び、自身の〝タフさ〟を強調した格好だが、自国が、隣国ウクライナに全面戦争を仕掛けている事実に関しては、これまで通りの正当化を繰り返した。
トランプ氏へのメッセージ
プーチン氏の演説は長大で、内容は多岐にわたったが、多くの点はトランプ氏に対するプーチン氏のメッセージともとれるものだった。これまでの欧米の失敗は、バイデン政権に帰するものだとし、トランプ氏は〝きっと、違うのでしょう〟との期待感をあらわにしていた。トランプ氏を取り込む狙いが明らかだった。
例えばプーチン氏は、バイデン政権下で米国が関与を強めたNATOについて、「完全に時代錯誤」の存在であると強調した。ウクライナを「報復行動に駆り立てた組織」こそがNATOだと主張し、「ホワイトハウス(バイデン氏が率いた米政権)は利己的な利益のために、紛争を引き起こしている」と主張して、NATOの中心的役割を担うバイデン政権を批判した。現在起きているウクライナをめぐる問題は、バイデン氏が重きを置いたNATOこそが原因だとの主張を展開した。
トランプ氏とバイデン氏の政策の違いを突くだけでなく、ロシアが対立するNATOの基盤を打ち崩そうとする狙いがうかがえる。トランプ氏にとり、これらの主張は耳当たりがよかったに違いない。このような論旨は、東欧諸国のNATO加盟をかねてから批判するプーチン氏の従来の主張を補強する意味合いもある。
また民主主義をめぐっては、「多数派ではなく、少数派のルール」だと主張し、「ロシアに戦略的敗北をもたらすことを狙った西側(民主主義国家)の要求には根拠がなく、むしろ、世界的な悲劇をもたらす」と主張してみせた。
民主主義の擁護に巨額を投じ、ロシアと対立してウクライナ支援を展開するバイデン政権への皮肉ともとれる。専制主義的な国家が実際には、世界の多数派を占めているという事実を突きつけることで、ウクライナ侵攻に踏み切ったロシアの包囲網を作ろうとした欧米諸国の取り組みを〝無駄なことだ〟と批判してみせた格好だ。
ただそのうえで「われわれは、敵対者(欧米)と異なり、西側を〝敵〟とはみなしてない」と水を向け、〝私はあなた方(ロシアを封じ込めようとする欧米)とは違う。ウクライナから手を引け。私たちの要求をのめば、あなた方の利益は守られる〟とのメッセージが読み取れる。脅したうえで、甘言を使って味方に引き入れようとする手法は、プーチン氏の外交交渉で繰り返し見られるものだ。
ロシアは、一部の西側諸国の政権とは違い、第三国を敵視しないとの主張だが、核の脅威を振りかざしながら隣国に全面侵攻をしかける国について、そのような甘言を素直に受け入れることはあまりに危険だ。しかし、これらの言葉は、具体的な利益が見えにくい行為に後ろ向きのトランプ氏を引き寄せる効果が期待しうる。
ロシアを排除した主要7カ国(G7)への、逆恨みともとれる批判も展開した。「7カ国は、ロシアを〝外国〟だとして陰で議論し、誠実さを装っていた」と述べ、ロシアを含めたG8に拡大した事実を「非良心的」だったと批判した。G7をG8に拡大する試みは、ロシアが中長期的に民主主義や基本的人権を重視する国に変容することを期待してのことだったが、わずか25年あまりで破綻した。