イド・ヴォック、BBCニュース
アメリカ政府はこのほど初めて、自国製の長距離ミサイルをウクライナがロシア領内の標的に使うことを認めた。
来年1月に任期を終えるジョー・バイデン米大統領の政権は、「陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS、エイタクムス)」として知られるアメリカ製ミサイルについて、用途は限定的ながら、ロシア領内に使用することをウクライナ政府に許可した。BBCがアメリカで提携するCBSニュースが17日に伝えた。
アメリカ政府はこれまで、そのような措置は戦争の激化につながると懸念して、ウクライナに認めてこなかった。
バイデン政権の次にホワイトハウス入りするのは、アメリカがウクライナに軍事援助をし続けることに否定的な共和党のドナルド・トランプ次期大統領だ。
なぜアメリカはこれを認めたのか
ウクライナは1年以上前から、ロシア占領下にあるウクライナ領の標的に向けて、ATACMSを使用してきた。
標的は、ロシアが占領するクリミア半島にあるロシア軍基地や、南東部ザポリッジャ州のロシア軍拠点などだった。
しかしアメリカ政府はこれまで、ウクライナ政府がこの長距離ミサイルをロシア領内に使用するのを認めてこなかった。
ロッキード・マーティン社製の弾道ミサイルは、最大射程300キロで、アメリカがすでにウクライナに提供した中でも特に強力な武器だ。
これをロシア領内に使ってはならないと言われることは、片手を背中の後ろに縛られた状態で戦えと言われるようなものだと、ウクライナはそう主張してきた。
アメリカ政府の方針転換は、ウクライナが8月から占領してきたロシア西部クルスク州の状況が理由だと言われている。ロシアに協力する北朝鮮兵がこのクルスク州に派兵されたため、アメリカは今回の決定に踏み切ったものとみられる。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は今のところ、この決定が本当かどうか発言していない。しかし17日には、「ミサイル攻撃とは言葉でするものではない(中略)ミサイルそのものが雄弁に語る」と述べていた。
戦場でのミサイルの効果は
アメリカ政府による決定を受けて、ウクライナはロシア領内にある標的を攻撃できるようになる。おそらく、最初に攻撃するのは、ウクライナ軍が約1000平方キロ超の領土を占領しているクルスク州になるだろう。
ウクライナとアメリカの両政府は、クルスクの領土奪還のためにロシアと北朝鮮の部隊が反攻を開始するものとみている。
ウクライナはこれに対抗するためにATACMSを使用し、軍事基地やインフラや武器庫などを含むロシア軍拠点を狙う可能性がある。
ただし、提供されたミサイルを使うだけではおそらく、この戦争の潮目を変えることにはならない。ロシア軍はすでに今回のような決定を見越して、戦闘機などの装備をクルスク州より国境から遠い国内奥深くに移動させている。
しかし、ウクライナ東部でロシア軍が前進を続け、ウクライナ軍の士気も落ちているだけに、今回の決定はウクライナ軍にとって朗報となるかもしれない。
「決定的な効果はないと思う」と、ウクライナの首都キーウにいる西側の外交官はBBCに話した。この外交官は、難しい事態なだけに、匿名を希望した。
「ただし、ウクライナへの軍事支援を示して、戦いのリスクを上げるというのは、シンボリックな決定としては遅すぎたくらいだ」、「ロシアにとって戦争のコストが増える可能性もある」と、この外交官は話した。
具体的にミサイルを何基提供するのかという問題もあると、バラク・オバマ元米大統領の政権で国防次官補を務めたイヴリン・ファーカス氏は言う。
「もちろん、ウクライナがミサイルをいったい何基持つことになるのかという問題がある。ウクライナに提供できるミサイルは、実際にはそれほどないのだと、国防総省は警告しているそうだ」と、ファーカス氏は話した。
そのうえでファーカス氏は、たとえばクリミア半島をロシア本土と結ぶケルチ橋などを攻撃するためにウクライナがATACMSを使えば、それは「効果的な心理的影響」をもたらす可能性があると述べた。
アメリカ政府による決定は、他の西側諸国に波及効果をもたらすものとみられる。これを受けて、イギリスやフランスはそれぞれがウクライナに提供している長距離巡航ミサイル「ストームシャドウ」について、ロシア領内での使用を許可できるようになる。英仏の「ストームシャドウ」は、アメリカのATACMSに匹敵する能力をもつ。
戦争の激化につながるのか
バイデン政権はここ数カ月、戦争のエスカレーション(状況激化)を恐れて、ウクライナが長距離ミサイルでロシア領内を攻撃することを認めてこなかった。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、西側の武器を使ったロシア攻撃を認めないように警告してきた。そのようなことをすれば、北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国がウクライナでの戦争に「直接参加」したものとみなすと、プーチン氏は9月に公に発言している。
「これは紛争の本質、性質を大きく変えるものだ」と大統領は続け、「それはすなわちNATO諸国が、アメリカや欧州諸国が、ロシアと戦っていることを意味する」と述べた。
ロシア政府はこれ以前にも、「超えてはならない一線」を引いてきた。そのうち、たとえば最新式の戦車や戦闘機の提供については、西側がそれを超えても、ロシアとNATOの開戦にはつながらなかった。
第一次トランプ政権でNATO大使を務めたカート・ヴォルカー氏は、「アメリカ製兵器の使用範囲をウクライナに対して制限することで、ウクライナの自衛にアメリカは不当かつ一方的に制限を課してきた」と指摘した。
さらに、バイデン政権がATACMSの使用を制限してきたのは、「ロシア『挑発』を恐れてのことで、完全に恣意的な」判断だったと述べた。
注目されるのはトランプ次期大統領
今回の決定に直接かかわらないものの、今後大きな影響力をもつのが、トランプ次期大統領だ。バイデン氏は任期が残り2カ月しかない、「レイムダック」の大統領だからだ。
トランプ氏は、今回の決定を継続するのか発言していない。しかし、側近の間には早くも批判の声が出ている。
次期大統領の長男、ドナルド・トランプ・ジュニア氏はソーシャルメディアで、「軍産複合体はどうやら、うちの父が平和を実現し人命を救えるようになる前に、第3次世界大戦を確実に始めておきたいようだ」と書いた。
次期大統領は、就任から1日以内にウクライナでの戦争を終わらせてみせると公約する以外は、これまで具体的にそれをどうやるのかも、対ウクライナ政策をどうするのかも、詳細を明らかにしてこなかった。トランプ氏はかつてプーチン大統領を尊敬するような発言を繰り返したし、民主党の関係者は常に、トランプ氏がプーチン氏にすり寄っていると批判し続けてきた。
J・D・ヴァンス次期副大統領をはじめ、トランプ陣営幹部の多くは、アメリカはこれ以上ウクライナに軍事援助を提供するべきではないという意見だ。
しかしトランプ次期政権関係者には、異論もある。マイケル・ウォルツ次期大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、ロシアに交渉の席に着かせるため、アメリカがウクライナへの武器提供を加速させるという手もあると主張している。
次期大統領がどちらの方向へ進むのかは不透明だ。しかしウクライナでは多くの人が、トランプ氏はATCMSを含め武器提供を打ち切るだろうと懸念している。
「心配している。(トランプ氏には決定を)覆さないでもらいたい」と、ウクライナ議会のオレクシイ・ゴンチャレンコ議員はBBCに話した。
(英語記事 How long-range missiles striking Russia could affect Ukraine war)