スタートアップとイノベーションを支えるための組織も堅牢で、基礎研究には教育省、さらに応用研究、R&D、ビジネス育成・マーケティング・国際化などを支援する組織がある。特に経済雇用省傘下にはTesi(国営の株式投資企業)、ビジネスフィンランド、フィンランド技術研究センター(VTT)などの組織もあり、防衛産業、スタートアップ、ビジネス国際化など様々なミッションのもとに活動している。
このような教育とビジネス育成を取り巻くエコシステムが樹立されているがゆえに、それぞれが情報を共有することにより国力を高める戦略が取りやすい。他国の情報にも敏感で、Tesiの投資責任者であるキース・ボニッチ氏は「日本が防衛予算を増強させる中で、フィンランドの衛星やドローン技術などをぜひとも取り入れてもらいたい」と語った。
そして忘れてはならないのがノキアの存在だ。ガラケー時代には一世を風靡したが、スマートフォンの潮流に乗り切れず携帯端末事業からは撤退した。現在では基地局などのB2B企業として復活するものの、かつての規模はない。ヘルシンキ郊外のビジネスパークは、かつてほとんどのビルがノキアのものだったが、現在では3分の1程度だという。
しかし、ノキアというレガシーがあったからこそ、多くのスタートアップが生まれた。スタートアップの中にはかつてのノキアビルに本社を置くICEYE社のような企業もあるし、サイバーセキュリティー教育を行うHoxhunt社の創業者は、ノキアのセキュリティー担当者だった。
他にもノキア出身でスタートアップを起こした、あるいはスタートアップの中で技術担当として能力を発揮しているという人も多く、ノキアと政府機関がうまくイノベーションのインキュベーターとして機能している。日本では大企業は潰さない、という方針のもと、企業の継続を図る傾向があるが、名を捨てて実を取り、新しい事業の創造を支援することも大事なのではないかと認識させられる。
日本がフィンランドから
学ぶべきこと
ではフィンランドの実例から日本は何を学ぶべきなのか。「日本とフィンランドは非常に似ている」と指摘するのはデジタル・ディフェンス・エコシステムのヤルモ・ププッティ氏だ。同氏によると国民の勤勉さなど文化的にも類似点があるが、何よりも「どちらもロシアの隣国であり、さしたる資源もない中で、技術力やイノベーションによる立国を行っている」点で、両国には共通点が多い。
ただし日本のスタートアップ支援などが日本特有の均等ばら撒きに陥りやすいのに対し、フィンランドは事業内容を精査し、注ぎ込むべきところには惜しみない援助を行っている。例えば、Silo AI社が欧州最大のAIスタートアップ企業に成長し、24年に米AMDに買収されるなど、ユニコーン企業も誕生している。
日本では防衛分野の技術開発にアレルギーが根強く、近年では、同分野から撤退する企業が相次ぎ、日本の防衛産業は今、存亡の危機に瀕している。だが、多くの国で防衛技術として生まれたものがその後、民間利用され大きな成果を収めているものも少なくない。その逆もしかりだ。産業分野で活用されるドローンや全地球測位システム (GPS)、宇宙ロケットと弾道ミサイルなど、様々な技術が我々の生活を支え、安全保障面でも活用されており、それらは表裏一体ともいえる。
国民にとって利益となる産業の育成、必要であれば大企業を切り捨ててでもイノベーションを支援する姿勢など、学ぶべき点は多い。