北欧フィンランドは国を挙げてスタートアップ育成に注力し、それを可能にするビジネスエコシステムが完備した国だ。国内外を問わず優れた頭脳を集め、それを事業化し、さらに国際的に売り込む政府系組織が存在する。そんな中で、特に日本との関わりも深く国際的な注目を集める企業をいくつか紹介したい。
量子コンピュータ「IQM」
IQMは量子コンピュータを開発、販売する企業である。量子コンピュータとは従来の電気回路によるデジタルコンピュータが0か1のいずれかの状態だけを持つ「ビット」により情報を扱うのに対し、「量子ビット(キュービット)により、量子状態の重ね合わせにより情報を扱う。重ね合わせとは0か1、両方の値を一定の確率で持ち、観測時にどちらかに確定する、というものだ。これにより従来のコンピュータで解くには複雑すぎる問題を、量子力学の法則を利用して短時間で解くことができる可能性を持つ。
例えば、最近話題のGoogleによる量子プロセッサWillowを用いた量子コンピュータは、スパコンが10の24乗年かけて解く複雑な問題を5分ほどで解いた。量子コンピュータの弱点と言われてきたのが環境との相互作用によ
またNVIDIAとはNVIDIAのCUDA Quantum(CUDA-Q)を通じて、
現在グーグル、IBM、インテル、マイクロソフトなどの米国企業に加え、NEC、富士通、NTTなどの日本企業も積極的にこの分野に参戦している。その市場規模は毎年22%以上上昇し、2026年にはグローバルで15億ドルに到達する、と予測されている。
このホットな量子コンピュータ市場の中で頭角を現しつつあるのがIQM社だ。2018年に設立された同社は、ユーハ・ヴァルティアイネン博士らが量子コンピュータの未来に可能性を感じて立ち上げられた会社だが、その始まりは2001年、ヘルシンキ工科大学に客員教授として滞在した中原幹夫教授の量子コンピュータの講義にある。受講者だったヴァルティアイネン博士らがこれに興味を抱き、研究を続けた結果、IQMが立ち上げられることになった。中原教授は現在も量子教育マネージャーとして同社の重要なメンバーに留まっている。
IQMの成長は急速で、これまでにすでに7台の量子コンピュータを販売、世界的に従来のスパコンとのハイブリッドという形式で一部の計算機能を量子コンピュータで行う、というプロジェクトが進行中だ。またNVIDIAとはNVIDIAのCUDA Quantumを通じて、将来のハイブリッド量子アプリケーションの発展を目指す提携も交わされた。独フォルクスワーゲン社との間では電気自動車のバッテリー・デザインに関して共同研究がある、など世界的な企業との連携も行っている。
さらにアジアでは韓国の忠北大学校、台湾半導体研究センターに5キュービットの量子コンピュータを納品する契約が交わされた。同時に日本ではつくば市の産業技術総合研究所(AIST)との間で提携に関するメモランダムが交わされた。
IQMの製品は完全な顧客渡し方式で、顧客がハードウェア、ソフトウェア共に契約上の制約なくアクセスできる点が大きなメリットでもある。現在は大学などの教育機関やスーパーコンピュータセンターへの販売が中心だが、商業利用に拡大されれば大手と連携してさらに飛躍する可能性を秘めている。
量子コンピュータの利点は従来型と比べて場所や消費電力が大幅に抑えられる点で、今後AIデータセンターの普及に伴い需要が大きく伸びると期待されている。
空気と水素に電気で食べ物をつくる
「ソーラー・フーズ(Solar Foods)」
CO2を原料としたプロテインを開発し、地球温暖化と食料危機という2つの問題を同時に解決する、という夢のような開発を行っているのがソーラー・フーズ社だ。フィンランドはSDGsの観点からオーツ麦を原料とする植物由来の肉が普及しているが、ソーラー・フーズの試みは植物すら必要としない。空気と水素に電気、そして発酵技術によるバイオプロセスのみでプロテインを生み出す。
プロテインはソレインと名付けられ、見た目は黄色っぽい粉末だ。これをアレンジすることで、様々な食品を作り出すことができる。「セルラー・アグリカルチャー」と呼ばれる新しい農業の一種で、完全なオートメーション技術により食品業界に新たな旋風を巻き起こす可能性を秘めている。
全く新しい食品製造過程であるため、販売には各国の認可を得る必要がある。世界で最初にソレインを食品として認可した国のひとつがシンガポールで、ここでは味の素社と提携した食品販売が実際に行われている。ソーラー・フーズ社と味の素は2023年に戦略的製品開発パートナーシップを結び、24年に実際の食品販売が始まった。味の素はこの結果を見てソレインが認可された国での食品開発、販売に乗り出す予定だという。
またソレインは米国でもGRAS(Generally Recognized As Safe)の評価を得ており、近い将来米国での食品開発販売にも乗り出す予定だ。2024年8月にはNASAが開催しているディープスペースフードチャレンジ第三フェーズの国際部門で選出された。宇宙空間においてクルーが吐き出すCO2が食品になる、というのは火星探索機のような長期的な宇宙滞在において魅力的な選択肢であることの証明だろう。
日本ではまだ未認可ではあるが、日本企業が積極的に関わっていることで近い将来日本でもソレインを原料とした様々な食品を目にする機会が訪れるかもしれない。