2025年1月26日(日)

新しい〝付加価値〟最前線

2024年12月27日

 四日市の凄腕メーカーの創意工夫に支えられて――。凄腕でもあまり知られていないのは、わりとある話。例えば、スタジオミュージシャン。彼らは自分のバンドやグループの演奏者とは違い、不特定多数の要請に応えて演奏することが主となる。いわゆる腕貸し。当然、演奏技術や様々な状況に対応できる音楽知識など高い能力が必要とされるのだが、知名度はそんなにない。腕だけなら、名の通った人を上回る人もかなりいるのが実態だ。

 聞いたことがないメーカーなのに、その実力はトップクラス。メーカーにもそんな例がある。三重県四日市で陶磁器製造業メーカー・ミヤオカンパニーリミッテド(以下ミヤオ)もその一つだ。

 道具として使って気持ちのいい洋食器にMIKASAブランドがある。形がキレイで、色がキレイ。私はブルーラインシリーズを愛用しているが、料理を盛る白面の美しさは比類がない。料理の色を引き立てる白だ。食材写真を撮る時にも、迷いなく使うことができる。

 が、ミヤオのすごいのは、いい陶磁器が作ることだけではない。精度良く作れることにある。どれほど凄いかというと、凄まじい精度が要求されるDVD他、光ディスク規格に携わってきた人がこの話を聞いて唸ったほどの精度である。

タイガー魔法瓶の内釜「本土鍋」

 タイガー魔法瓶の内釜「本土鍋」。料亭が土鍋でご飯を炊いているのは有名な話。「高級炊飯器」という、お金に糸目を付けないで、美味しさを追求するというカテゴリーが2006年に立ち上がった時、各メーカーの開発陣の当然、土鍋はどうかと考えたはずだ。しかし、古くから生活に根付く土鍋という素材の内釜をモノにしたのは、タイガー魔法瓶1社だけだ。

 1社しかできなかったのは、高級炊飯器は精度高く作られているからだ。そうでないと火に比べ、熱量の少ない電気で、あそこまで美味しく炊くのはとても難しい。そう、炊飯器の内釜は、素材はどうあれ、熱制御のため、寸法精度が求められる。

 金属、樹脂が家電に使われているのは、比較的寸法をコントロールしやすいのが理由の1つだ。寸法を出す製法も確立されている。

 一方、陶磁器は型で形を拵えても、寸法がばらつく。寸法がばらつくのは「乾燥」が原因だ。土は水分がなければ変形できない。が、乾燥するにつれ縮む。乾いた水たまりの中の土がひび割れるのと同じ理由だ。炉の様に、数百度から千数百度の高温だと、水は一気に蒸発する。この時の乾燥速度の差が大きい場合、歪み割れる。

 しかも、この陶磁器の管理は、金属、樹脂と違って一筋縄では行かない。理由は簡単。金属、樹脂と違い、土は混合物だからだ。しかも自然採取。隣の土でも、構成成分、粒子サイズ、含有水分なども違う可能性もある。

 混合物は、なかなか工業製品には使われない。例外的なのは「ガラス」だ。しかし、それはガラスが熱した時、自由に形を変えられるからだ。このため型にハメさえすれば、どんな形、そんなサイズでもできてしまう。型精度=ガラスの寸法精度だ。ちなみに、科学ではガラスは液体として扱われる。

土鍋と陶磁器の工程

 さて、四日市の陶器と言えば、萬古焼。中でも有名なのは土鍋。

 関東と違い関西ではかなりスッポンを食べる。通称はマル。美味しく食べるには、旨みを逃さないように一気に炊き上げるのがコツだ。このため、炭ではなく、コークスを使う。約1300℃で焼き上げられ、形作られる土鍋だが、コークスの燃焼温度は1600℃にもなる。当然、ほとんどの土鍋は熱に耐えられず、壊れる。が、中には高温に耐える土鍋もある。萬古焼もその一つだ。

 秘密は、その「土」にある。

 話が飛ぶように思われるかも知れないが、みなさんは、日本一の面積を誇る琵琶湖が、年々北上していることをご存知だろうか? 日本ができた当時、四日市、伊賀は元々、琵琶湖の底にあったそうだ。

 この湖底の土が、高温に対し、踏ん張ってくれるのだ。萬古焼、伊賀焼の土鍋はよいと言われるのは、そこに由来する。湖の微生物は土の微生物と違い、大きめの上、数も多い。この死骸が湖の底の土には大量に含まれる。その土で鍋の形を作り焼くとどうなるか? 生物の死骸は別な言い方をするとカーボン。焼くと燃える。要するに空隙の多い土で作られた鍋となる。この空隙には当然空気がある。その空気が熱を円やかに伝え、また保熱もする。そして高温にもよく耐える。断熱材と同じだ。

 が、今の時代、素材は海外購入の土をブレンドして使うのが主流。日本市場のニーズを満たすことはできない。が、萬古焼など、そのブランドの特徴を損なうことは、長年、江戸時代から連綿と作ってきたブランドを否定することであり、何代にも渡り、守り続けた名声を失う。素材を変えようとも、同じ特徴は常に求められる。

 逆に陶器に求められないのが寸法精度。土鍋などは最たるもので、フタがピッタリ閉まれば問題はない。設計と数ミリ違っていても、ピッタリ合わされば、鍋は美味しくできるわけで、誰も目くじらを立てない。

 陶磁器は、その作成工程で、徐々に、壊れないように水分を抜く。釉薬をかけて焼く約1300℃がピーク。そこで、完全に水分0に持っていくわけだが、そこまでに割れないように何度も水分を抜いていく。

家電と精度

 家電などの工業製品は、精度が求められる。理由は、設計通りに作って初めて本来の性能がでるからだ。

 昔、クルマの競争が激しかった時代、試乗車にもそれなりの工夫がされた。とは言っても、エンジンをチューンするのではなく、ウェイト、寸法を設計の中央値に集めた各パーツを手組みするという方法だ。単純に言うとズレを許さない。私は乗ったことがないが、実に滑らかに動き、それは市販車と全く違う感触だそうだ。

 DVDのように、プレイヤーを作るメーカーとディスクを作るメーカーとが異なる場合もある。

 こんな時は、ディスク「規格」を設け、「交差」を決める。交差というのは、設計値の後ろにあるプラス、マイナスの数値のことをいう。認められたブレと言える。ディスクメーカーは、その寸法の中に収まるディスクを設計、製造するし、プレイヤーメーカーは、交差内の寸法のディスクは全て再生できるようにするのが、規格参入メーカーの務めだ。

 以前、交差を知らない新人があるハードを作り、世に出したことがある。どうして、そうなったのかはわからない。そのハードのディスクのトラブル率は正常品(=規格内品)で約5%。カートリッジに入っているメディアであり、トラブルの大半はイジェクト不能、取り出せない。発生率100%でないので、クレームはディスクメーカーにくる。大変なトラブルだった。

 寸法を深く管理してこなかった陶器(土鍋)を、精度が必要な内釜に採用したいというのは、常識的には無茶なありえない話である。

 が、方法はないことはない。価格だ。高価格炊飯器の、メインパーツであるがゆえに、高価格で納入できる。通常の土鍋の数倍。

 歩留り(得率)が低くても、許される環境といえる。それで確実にできる保証はないが、徒手空拳ではない。自分たちが連綿と続けてきている陶磁器作りを大きく変える可能性も秘めている。

 ミヤオは、タイガーと共に、「土鍋」炊飯器を目指すことにした。

どこを変えたのか?

 まず陶器を作ると言った時、私たちが思い浮かべる作り方(いわゆる手製)は、おおかた上記の様になる。

 工業化は、人手で行うと大変なところを機械で代替えすることだが、2つの方向性がある。1つは人手ではできないレベルに到達させること。もう1つは人手より速く、行うことだ。

 陶磁器を機械化する時に行われるのは、「2)捏ねる」「4)形作り」「7)絵付け」そして「焼き」の温度コントロール。

 が、今回の精度を出すこと。この工業化されたラインに技術を追加するという形になる。

 今回、工場見学をして、精度の高い炊飯器用のを上げるために、大きくは、次の4点が変えてあった。それに伴い、前後の工程にも手が入るが、わかりにくくなるので、説明は省略する。また、何度も検査を行うが、それも省く。

 オレンジで示されたところが、精度を上げるために大きく手を入れた工程。4つある。

  1. 土の配合が12種類に及んでいること
  2. 成形時、力を単純に垂直にかけるのではなく、斜めにかける工程を入れていること
  3. 約1300℃という最も高い焼成温度を、焼き上げの一番初めに持ってきていること
  4. IH対応のため、発熱体を貼り付ける工程が加えられていること。

 この中で、精度に大きく関わるのは、3)4)であるが、家電の内釜という意味では、1)2)も深く関わるのでレポートしたい。


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