山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2014年3月12日

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 「からゆきさん」の歴史はずっと後になるが、19世紀後半に東アジア・東南アジアに渡って、娼婦として働いた日本人女性のことである。ところが日本の国勢が盛んになるにつれて、彼女らの存在は「国家の恥」であるとして国内で非難され、1920年の廃娼令とともに海外における日本人娼館も廃止され多くが日本に帰った。

 明治から大正にかけてその数は20万人ともいわれているが、現地に根付くということは当然なかった。

 なぜプラナカン文化を中国の華僑たちは維持し、また今も発展させることができているのかについて考えてみたい。彼らは祖国を追われ、新天地を求めて東南アジアに根を張ろうとした。華僑たちは交易を通じて視野が広くなり、人脈を大切にするから更に活躍の場は広がっていった。東西文化の良さを取り入れて独自の文化を守りながら多様性を追求していったのである。何よりもコミュニケーション能力を磨き、プラス思考で東西経済圏のパイプ役になろうとした。

 当然ながらこれらプラナカンの中にも成功者と脱落者はいたと思う。格差社会は昔もあったはずだが、その競争社会の中でサバイブした者たちだけがプラナカン文化を創ったのだろう。当社のシンガポール法人の総務部長は日本人女性であるが、彼女の旦那さんは典型的なシンガポールのプラナカンで、会社設立時から無償で貴重なアドバイスを頂いている。驚くことは彼の人脈とコミュニケーション能力の高さで、それに加えて行動力も半端ではないのだ。

 生物学的に掛け合わせた第一世代をハイブリッドと呼ぶが、彼らの異種交配種が次々に優秀な人々を産み、今日の生物多様性の強みを担っているのかもしれない。

◆WEDGE2014年3月号より









 

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