笑いながら帽子を取った岩田は見事な丸刈りで、出版社社長というよりは僧侶のような風貌。年商の額から想像しがちなバイタリティーとか、ひとりですべてをこなすワンマン風とはほど遠い印象である。
「年商と年収を勘違いしちゃう人がいるんですよね。いまは編集作業を外注しているし、印刷や製本、倉庫の管理費など経費もかかるんで、年収にすれば食べていける程度ってことなんですけどね」
幾重にも雑然と積み上げられた本の山脈の奥には、本棚があり、そこにはこれまで岩田が出版してきた岩田書院の本が1冊ずつ揃っている。僅かに望める本棚の天辺には、薄茶色の函に入ったほぼ同じ装丁の本が並んでいて、岩田書院の歴史と学術書という重さが彼方の壁際から匂ってくる。しかし、よく見ると周辺にはあらゆるジャンルの膨大な本が積み重なっていて、どうやら大部分は岩田の個人的な所有物らしい。
「もうこれ以上は無理だと言いつつ、毎月本を買い込んでしまうんです。最初は整然としていたんですが、20年でこんなになってしまった」
ひとり出版社誕生
岩田がひとり出版社を立ち上げたのは1993年、44歳の時。それまでは名著出版という会社で編集の仕事に20年余り携わってきた。
「高校ぐらいから本は読むようになって、ま、本は好きでしたけど、特別に出版社を希望したわけじゃなくて。大学の先生に、名著出版が1人欲しいと言っているが行くか? と言われて、それじゃと入社したようなわけで」
名著出版では主に歴史書の編集を手掛け、自ら出版社を創立したのは20年後。独立するというのはやはりエネルギーのいることで、それを支える夢や希望があるはず。
「というか、私が入社した頃の創立オーナー社長が亡くなって、息子さんが新体制でやっていこうということになって、小舅みたいなのはいないほうがいいかなと思ったもんで。でも40歳過ぎて再就職は難しくて、自分でやるしかないってことで始めたんですよね」
誕生のきっかけもそんななりゆきだったのか……。でも、自身の名前を冠した社名に決意のほどが表れている……のではないか。