「発行部数は考えますね。少なければ1冊の単価は高くなる。だからといって多くしても、在庫を増やすだけで、倉庫を借りるのもコストがかかりますから。『野兎の民俗誌』って本を出しましたが、野兎の研究している人って少ないでしょうね。『摘田(つみた)稲作の民俗学的研究』っていわれても、いったい誰が買うのかって(笑)。教科書に使っても、学生が10人とかいう規模だったりする。でも“集団的自費出版”という言葉がありまして」
集団的自衛権ならぬ集団的自費出版とは、きっと個人的自費出版とは違うのだろう。
「専門書や学術書は多くても1000部から1500部くらい。10万人に1人だけれど、買う人は同じ分野の研究をしている人で、研究や参考のために必要な本であり、読者は次の著者でもあるわけ。同じ村の人が出した本を同じ村の人が買うということで回っていくから集団的自費出版。同業者の造語なのですが、核心をついていると思いますね」
この集団に入ってしまうと、研究者も出版社も仕事が回って、継続と進化が遂げられるというわけだ。集団に入るための最初の一歩のハードルをひとり出版社は低くすることで依頼が増えていった結果、年間60冊という予想以上の点数になり、岩田の日々は高速回転しなければ回らなくなったという流れのようである。
「これだけ出せるとは思っていなかったんですけどね。でも600万円の年収を得ようとした時にね、1年6冊しか出せなかったら1冊で100万円の利益を出さなければいけない。これは極めて難しい。ほとんど不可能。でも60冊出せば、1冊につき10万円の利益を出せば達成できる」
当初予測を超える出版点数になったことが、岩田書院が生き延びる栄養になったわけだが、それは予想を超えた忙しい日々もまた岩田にもたらすことになる。年末年始も土曜日曜も、昼も夜もない生活。
「ひとりの限界がありますよね。月に4冊も5冊もすべて自分だけでというのはさすがに無理だから、制作過程や在庫管理を外注にしました」
何でも自分でやるという方向と何でも自分でやらないと気がすまない性分を転換するにはさぞかし苦労したのではないかと思うが、岩田はクールにスパッと割り切っているように見える。それでもまだ、1年365日、コンビニ並みと岩田自身が言う毎日が続いている。