2022年8月12日(金)

ヒットメーカーの舞台裏

2009年5月22日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 願い出て開発部門に復帰した立石は、タイムレコーダーなどの管理ソフト開発に従事する。2年にわたるこの時期に、一緒に仕事をした外部の技術コンサルタントに「たたき直され」、徐々に自信をつけていった。

 仕事を離れた場での刺激もあった。釣りとクルマが趣味の立石だが、そうした交友関係で、仕事にも趣味にもしっかり打ち込んでいる何人かの年長者を知った。このままの自分では「カッコ悪い」と思った。07年の春、社内の組織改革があり、改めて新規事業の企画案を提出する機会が巡ってきた。

 立石は、会議や打ち合わせという職場のシーンを想定して温めていた企画案を、矢継ぎばやに提出した。

 「ポメラ」の原型もその中にあった。社内外での打ち合わせの際、立石はいつもB5版のノートパソコンを携行していた。電池切れが怖いため電源アダプターも持ち歩くので重いし、かさばる。

 そうした不便さから着想したデジタルメモ機には上司も注目し、商品化を審議する役員会にかけられることになった。15人が出席する役員会での最初の反応は「?」だった。デジタル機器に精通した人は少なく、果たして売れる商品となるのか、判断しかねる雰囲気だったという。

たった一人の熱烈な支持者に救われる

 沈黙を破ったのは非常勤の社外監査役だった。「今これが製品としてあるなら、私はすぐにでも買いたい」。大学の講師なども務めるこの監査役は、新幹線や機内で文章を書くことも多いだけに、立石のアイデアに驚き、強い支持を表明した。

 役員会の流れはこれで変わる。社長の宮本彰は仮に15分の1でも、「熱烈に欲しいと思う人がいれば、むしろ市場性は高い」と、ゴーサインを出した。

 開発に着手すると、社内からはさまざまな意見が寄せられた。多かったのは「そこまでやるならメール機能を付けるべき」という指摘。完成に至るまで立石も「その点は不安だった」が、「機動力のあるメモ専用機」という当初のコンセプトを守り通した。

 無線などの通信機能を付けるとコストの問題もあるし、電気を食うので電源は乾電池というわけにはいかない。パソコンに近づけば近づくほど、この商品の「個性」が喪失されることに立石は気づいていた。

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