2022年8月12日(金)

ヒットメーカーの舞台裏

2009年5月22日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 同時に通信機能より重視すべきポイントも押さえていた。それは使いやすいキーボードや、常に持ち歩くメモ用のツールとして「頑丈」かつ「軽い」ということ。かつて技術コンサルタントに鍛えられた経験が生きた。 キーボードについては、よりノートパソコンに近づけるアプローチを行った。入力キーのピッチ(間隔)は通常のノートパソコンと同等の17ミリとゆとりをもたせた。「キーボードはペンの書き心地に相当する。文具メーカーなので、そこにはこだわった」(立石)。

 耐久性や軽量化では、パネル類を当初検討していた樹脂からアルミやステンレスに変更。折りたたみを繰り返すため、ヒンジ(蝶つがい)には耐久性のある亜鉛合金を採用した。高さ75センチからの落下試験にも耐える剛性を確保している。

 若いころは「個性の意味を履き違えていた」と苦笑する開発者が、折々の出会いを血肉とし、際立つ「個性」をもった製品を完成させた。(文中敬称略)

■メイキング オブ ヒットメーカー 立石幸士さん
(キングジム・開発本部電子文具開発部開発課リーダー)

若いころは「個性の意味を履き違えていた」と語る
立石幸士(たていし・たかし)さん 写真・井上智幸

1972年(0歳)
島根県松江市に生まれる。海が近いこともあり、遊びといえば海釣り、貝ほりなど。現在の趣味はこのときから。
1985年(13歳)
中学生になると、捕ったモノを料理する楽しさに目覚める。料理人を志すも、「まずは勉強」と親に諭される。この頃から凝り性に拍車がかかる。
1988年(16歳)
高校時代の得意科目は、国語と地理。しかし、レーシングカーデザイナーの由良拓也氏や、ソニー・ウォークマンの開発話に憧れ、物をつくる仕事に就きたいと、東京の理工系大学に進学。東京に出てからは、自然と離れたこともあり、車、バイクに凝り始める。
1996年(24歳)
就職氷河期のなか、厨房機器メーカーに就職。電子回路やセンサーの開発に携わる。一方で、車好きにも拍車がかかり、生活を圧迫するほどに。
1998年(26歳)
「自分がコレをつくった」という仕事がしたいと転職。やらされ仕事に腐ったこともあったが、「このままでは駄目だ」と一念発起。仕事が楽しくなると、車、釣り、玄人はだしの腕前になった料理と、プライベートも充実。今では、「物をつくるだけではなく、文化を創造したい」と夢も広がる。

■立石さんも出席した「ポメラ」新色発表会の模様はこちら

◆「WEDGE」2009年6月号より

 

 

 
 

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