BBCのゾーイー・クラインマン・テクノロジー担当編集長は、「ブレインフォグ」のため、生中継中に手元にメモを持つ必要があった
ゾーイー・クラインマン BBCテクノロジー担当編集長
私は先週、「ブレインフォグ」(頭の中に霧やもやがかかったようになり、集中できない状態、直訳は「脳の霧」)に関する個人的な話を、多少どきどきしながらソーシャルメディア「リンクトイン」に投稿した。その時、これほど大きな反響が返ってくるとは、まったく思っていなかった。
私のその9日の投稿は、もう何十万回も読まれている。街を歩いていると、道端でいろいろな女性に呼び止められる。私の投稿について、話がしたいというのだ。
私を応援してくれる人や、自分の経験も話してくれる人たちから、何百通ものメッセージの受け取り、私はもう胸がいっぱいになっている。
普段の私は、テクノロジーのニュースを扱っている。しかし、これほどの反応を前にして、自分がこの話題を取り上げるのも、それはまた大事なことだと感じた。
ブレインフォグは、医学用語ではない。けれども、私が何の話をしているのか、もしかしたらあなたは完全に理解しているかもしれない。
ごくごく当たり前のことを言い表す単語が、いきなり思い出せなくなる。あるいは、話している途中でいきなり、何の話をしていたのかわからなくなる。本当に頭にくるし、恥ずかしくていたたまれなくなることだってある。
どこまで話したっけ?
ああ、そうそう。私の場合、私は40代の女性なので、更年期前の「閉経周辺期」症状と重なっている。つまり私は今、人生においてホルモン量が変化する段階にあるのだ。もちろん、ブレインフォグが症状として表れる神経疾患はそれ以外にもある。
人前で話すのが仕事の一部だという場合、これは特に恐ろしい事態になり得る。
「私は30年間、明瞭に話すことを仕事にしてきた」。社内コミュニケーションの専門家、ジャネット・エッジコム氏はこう書いた。
「なのにいきなり、基本的なものの名前が思い出せない。『あの灰色のあれ、チキンを焼く時に使うそれの中にあるあれ』と私は言う。すると夫は、『ああ、オーブンの中のベーキングトレイ』と答える。ふむ。『そうそう、それ』」。
このほかにも、教師や、資金調達のため投資家に事業説明をしなくてはならない起業家、ワークショップを運営する女性、スピーチをする女性、そして私のように生放送でニュースを伝えようとする記者仲間たちも、いろいろな話をしてくれた。
けれども、この症状は会話の最中にいきなり襲ってくることもある。プレゼンやスピーチ、生放送よりはプライベートな状況だったとしても、いらいらすることに変わりはない。
私が自分の経験をリンクトインに投稿したのは、BBCの夜10時のニュースで、生中継の最中に手元にメモを持つと決心したからだった。そのニュースは午後遅くに明らかになった話で、その日はその前からただでさえ忙しかった。午後10時になるころには、自分が疲れていると自覚していたし、ブレインフォグが来たと感づいていた。
多数のウェブサイトやアプリに影響を与えている障害について、私は生中継で話す予定だった。影響を受けた企業が発表した通りの専門用語を使い、それが実際に何を意味するのか説明するつもりだった。
けれども、とある専門的なフレーズが、何をどうしても覚えられなかった。そして、そのフレーズが言えなければ、それ以外の言うべきことが口から出てこないというのも、分かっていた。
私はスコットランドのグラスゴーから生中継することになっていた。多くの同業者と同様、私はテレプロンプターを一度も使ったことがない。なので私はこのとき初めて、ぎりぎりになって、問題のフレーズを書いたメモ用紙を手に持つことにした。
その時の私には、これはまるで自分の至らなさを認めることのように思えた。私はそれまで、中継中には絶対メモを使わないよう訓練されてきた。例外は、何かの法的な理由から、たとえば誰かの声明の文言が正確でなくてはならない時、あるいは数字をたくさん覚えなくてはならない時くらいだ。
そういう理由がある場合でも、自分の短期的記憶力は頼りになる、自分の記憶力で乗り切れると、私は自負していた。
メモを使うことは、スピーチの世界では推奨されない。TEDトークで12分間話す人は、メモを見ることが許されない。話し手は、スピーチを暗記するものとされているのだ。
テレビの生放送中に、メモ用紙を握りしめながら、カメラのレンズを見つめるのは、なかなか大変だった。
しかし、ジェンダーの平等や女性の権利を擁護する英慈善団体フォーセット協会によると、更年期症状を理由に退職する女性は約10%に上る。そして、保険会社ロイヤル・ロンドンの調査では、更年期を迎えた女性の半数が退職を検討したことがあるという。私は退職したくない。なので、メモを使うという自分なりの解決方法を続けるしかない。
ありがたいことに、私が紙を持っていたことで、むしろ堂々として見えたという人がいた。これにはとても安心した。あるいは、私は速報を伝えているのであって、持っていた紙には最新情報が書いているのだろうと思ったと。
ほかには、どうして電子端末を使わないのかと尋ねる人もいた。おそらく私は、端末の画面を操作しながらもたつく方が、よっぽど最悪だと考えたのだと思う。
「運動を始めよう。メモを持とう」と、ベンチャーキャピタル企業アーリーバードのエリシェヴァ・マーカス副社長(コミュニケーション担当)は書いた。
ハッシュタグ「#holdthenotes(メモを持とう)」はこうして生まれた。
「自分のテストステロン量を確認したことはある?」と、更年期専門医のルイーズ・ニューソン医師は私に尋ねた。
ニューソン医師によると、テストステロンは男性ホルモンとして有名で、性欲との関係がよく知られているものの、実際には男女双方にとって不可欠な脳化学物質だ。その量は男女共に低下する。その結果のひとつにブレインフォグがある。
「麻薬を打たれたような感じになる。本当に恐ろしい感覚で、多くの人は、これは認知症なのかと心配する」のだと、ニューソン医師は言う。
「10年前に自分のテストステロン量を計った時、『神様ありがとう』と思った。少なくとも、どうしてこんなに気分が悪いのか分かったから」
ニューソン医師によると、テストステロンが男女共に脳機能と幸福感の改善につながるという研究は1940年代にさかのぼる。ただし、プラセボ(偽薬)と実際の製品を比較して本当に効果があるかどうかを確認するランダム化比較試験はこれまで、性欲の改善だけを研究対象にしてきたのだという。
英国民保健サービス(NHS)が処方するホルモン補充療法(HRT)は、伝統的にエストロゲンとプロゲステロンを組み合わせたものだ。テストステロンは通常含まれない。
その代わり、医師はHRTとは別に、女性患者に男性より低用量でテストステロンを処方できる。
更年期症状の緩和をうたうサプリメントも、無数にある。さまざまな試算があるにせよ、数十億ドル規模の産業で、急成長している。
今年初めに栄養ニュースサイト「NutraIngredients」が実施した調査によると、女性は更年期症状を軽減するために年間平均147ポンド(約3万円)をサプリメント代として使っている。
「少しは役立つかもしれない」とニューソン医師は言う。
「私は毎日ヨガをしていて、そのおかげもあって脳がすっきりして集中できるようになる。でも私の症状はホルモン不足によるものなので、食事や運動では治らない」
「多くの女性が、ホルモン不足の症状を何か別のもので改善しようとして、大金を使っている」
ジョシュア・チェン博士は、米ハーヴァード大学医学部・マサチューセッツ総合病院の光生体調節研究グループに所属する。このチームは、赤色光の周波数が脳内のミトコンドリアを変化させることで、集中力を改善できるかどうかを研究している。
チェン博士は、「脳のためのフェイスマスクのようなもの」と説明する。首の迷走神経に使えば、ストレス軽減効果があるとも博士は言う。
チェン博士は「ニーラックス」という会社を設立し、1日最大20分間着用するよう設計された「ニューロ・エスプレッソ」というヘッドバンドを販売している。ヘッドバンドには即効力があると、博士は主張する。安全上の理由から電池は使わない。そのため、プラグを差し込む必要がある。
アンジェラ・マーシュ氏は看護師で、更年期コーチだ。顧客の多くは「ブレインフォグ」について、「人生をソフトフォーカスで生きている」ような感じだと話すのだという。
「ブレインフォグをもっと真剣に受け止める必要がある」と、マーシュ看護師は言う。
「自分にやってくる変化を、多くの女性がとても不安に思っている。自分に何か問題があるのか、あるいは『自分はおかしくなった』のかと思ってしまう。実際には、はっきりした生物学的理由があるのに」
そして、私に関しては……。そう、私はホルモン量を確認するために血液検査を予約した。赤色光療法も試すつもりだ。そして、視聴者のみなさんは、私がメモを手にして話す姿を、これからしばしば目にすることになると思う。
(英語記事 How my on-air 'brain fog' moment sparked a big debate)
